法座(法座概要)

2016年5月

▼ 晨朝勤行

朝のお参りのことを「晨朝(じんじょう)」といいます。朝のひとときを、ご一緒に過ごしてみませんか?

毎朝7時より(1時間程度です) 

▼ 法座日程

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1日(日)
朝の仏教講座 7:00 ~ 8:20 ※晨朝に引き続き40分間
 桐原 良彦/中央仏教学院 学校教育部長(大阪教区島下組西福寺)/二度生まれの人生
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 濱畑 僚一/本願寺派布教使(大阪教区島上西組常見寺)/一切衆生にこの功徳をあたふるなり
お花講 13:30 ~ 15:00(総会13:00~、13:30~)
 濱畑 僚一/本願寺派布教使(大阪教区島上西組常見寺)
【朝の仏教講座 】 1日(日) 7:00~8:20
「二度生(にどう)まれの人生(じんせい)」
中央仏教学院 学校教育部長/桐原 良彦(きりはら よしひこ)
「二度生まれ」という言葉に最初に出遇ったのは、中央仏教学院研究科の学生時代、宗教学石田慶和先生の講義でありました。「二度生まれ」とは、平たく言うと、人は生死の境をさまようほど心を病み抜いたときに、はじめてそれを突き抜けた境涯に達し、世界の新しい価値とか、それまでとは異なる人生の意味といったものをつかむことができるというのです。二度生まれによって得られる人生とは何でしょうか。ご一緒に考えてみたいと思います。
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
1日(日) 「一切衆生(いっさいしゅじょう)にこの功徳(くどく)をあたふるなり」
濱畑 僚一(はまはた りょういち)(大 阪)
『尊號真像銘文』の「智栄(ちよう)、善導の別得を讃(ほ)めたまふて云(いわ)く」の御文は、念仏に対する領解を、親鸞聖人が故法然聖人に申し上げているかのようです。すなわち、宗祖が「私は先生からお伝えいただいた善導大師の念仏往生の御教えを、このように生きさせてもらっています。御確認ください」と仰っているようです。この御文の釈に、師法然聖人の御往生後の、宗祖の学びの全体と生き方が現れているとも言えます。ご一緒にお聴聞させていただきましょう。
2日(月)
3日(火)
4日(水)
5日(木)
6日(金)
7日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 関島 浄真/本願寺派布教使(大阪教区天野北組大覺寺)/雑行を棄てて本願に帰す
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
7日(土) 「 雑行(ぞうぎょう)を棄(す)てて本願(ほんがん)に帰(き)す 」
関島 浄真(せきじま じょうしん)(大 阪)
親鸞聖人は1173年京都でお生まれになり、9歳で得度され29歳まで比叡山で修行されました。その後吉水に法然聖人を訪ねられ、「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」の教えに「生死いづべき道」を見いだされ、「雑行を棄てて本願に帰す」と大転換され、阿弥陀仏の本願力による往相還相の二回向による教行信証の教義体系を確立され、私たちにお念仏とともに生きぬく姿をお示し下さいました。
8日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 三原 信隆/本願寺派布教使(大阪教区大阪西組浄徳寺)/本願力にあひぬれば
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
8日(日) 「本願力(ほんがんりき)にあひぬれば 」
三原 信隆(みはら しんりゅう)(大 阪)
「本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」
「むなしく」とは「空しく」あるいは「虚しく」と書くのでしょう。空虚の反対は充実です。本願のはたらきに気づいて生きるならば、充実した人生を送ることができると仰っているのでしょう。アメリカのアンケートですが、若い世代に、人生のゴールは何か?と尋ねたら、80%以上の人が金持ちになることと答えたんだとか。日本もあまり変わらないかもしれません。そのゴールを突破した秀吉の辞世の句が「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」であることを味わいながら、親鸞聖人のお言葉をご一緒に味わってみたいと思います。
9日(月)
10日(火)
11日(水)
12日(木)
13日(金)
婦人会 13:30 ~ 15:00
 山本 攝叡/本願寺派布教使(大阪教区中島東組定専坊)
14日(土)
15日(日)
常例布教 15日(日) 晨朝~17日(火) 日中
 細川 淳栄/本願寺派布教使(富山教区富山組長源寺)/智慧の光に照らされ、大悲にいだかれて生きる
廣輪会 13:30 ~ 15:00 ※常例布教併催
 細川 淳栄/本願寺派布教使(富山教区富山組長源寺)
【 常例布教 】 15日(日)晨朝~17日(火)日中
「智慧(ちえ)の光(ひかり)に照(て)らされ、大悲(だいひ)にいだかれて生(い)きる 」
細川 淳栄(ほそかわ じゅんえい)(富山)
阿弥陀さまの真実の智慧の光は、私のあさましく愚かな生きざまを浮かび上がらせます。ところがその私は、すでに如来の大悲のふところに抱かれていたのでした。私の真実の姿は、私にとって受け入れがたいものです。できれば目を背けたい。私の自我は恥ずかしい私を否定します。しかし、阿弥陀さまは「そんなお前をこそ救う」と認めてくださっています。だから安心してわが身を見つめ、仏の願いに報いる道が歩まれるのです。
16日(月)
常例布教 15日(日) 晨朝~17日(火) 日中
 細川 淳栄/本願寺派布教使(富山教区富山組長源寺)/智慧の光に照らされ、大悲にいだかれて生きる
【 常例布教 】 15日(日)晨朝~17日(火)日中
「智慧(ちえ)の光(ひかり)に照(て)らされ、大悲(だいひ)にいだかれて生(い)きる 」
細川 淳栄(ほそかわ じゅんえい)(富山)
阿弥陀さまの真実の智慧の光は、私のあさましく愚かな生きざまを浮かび上がらせます。ところがその私は、すでに如来の大悲のふところに抱かれていたのでした。私の真実の姿は、私にとって受け入れがたいものです。できれば目を背けたい。私の自我は恥ずかしい私を否定します。しかし、阿弥陀さまは「そんなお前をこそ救う」と認めてくださっています。だから安心してわが身を見つめ、仏の願いに報いる道が歩まれるのです。
17日(火)
常例布教 15日(日) 晨朝~17日(火) 日中
 細川 淳栄/本願寺派布教使(富山教区富山組長源寺)/智慧の光に照らされ、大悲にいだかれて生きる
【 常例布教 】 15日(日)晨朝~17日(火)日中
「智慧(ちえ)の光(ひかり)に照(て)らされ、大悲(だいひ)にいだかれて生(い)きる 」
細川 淳栄(ほそかわ じゅんえい)(富山)
阿弥陀さまの真実の智慧の光は、私のあさましく愚かな生きざまを浮かび上がらせます。ところがその私は、すでに如来の大悲のふところに抱かれていたのでした。私の真実の姿は、私にとって受け入れがたいものです。できれば目を背けたい。私の自我は恥ずかしい私を否定します。しかし、阿弥陀さまは「そんなお前をこそ救う」と認めてくださっています。だから安心してわが身を見つめ、仏の願いに報いる道が歩まれるのです。
18日(水)
19日(木)
20日(金)
21日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 藤原  修/本願寺派布教使(大阪教区河中南組正善寺)/いのちに値遇(あ)うわたしの命
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
21日(土) 「 いのちに値遇(あ)うわたしの命(いのち) 」
藤原 修(ふじわら おさむ)(大 阪)
いろんな慮りのなかに自らの命を閉じこめ、また閉じこめられている命を生きているわたし。このわたしをこそ目当てにするのが、仏法(お念仏)です。
「生死の苦海ほとりなし ひさしくしづめるわれらをば 弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける」
この船こそ、生死大海を渡る船筏であることを聞かせていただきます。
22日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 植木 政隆/本願寺派布教使(大阪教区島上北組速證寺)/いまがいぃ~
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
22日(日) 「いまがいぃ~ 」
植木 政隆(うえき まさたか)(大 阪)
娘が二歳を過ぎた頃より、お菓子が欲しい時や遊びたい時『いまがいぃ~』と言うようになりました。私の話に変わりますが、歯が痛くなりましたので歯科医に行ったところ、すぐに治療をして頂きました。終わりに、この続きは来週にしますと言われました。しかし、まだ痛かったので『いまがいぃ~』と言ってしまいました。 お念仏のお心に出あうのも、先送りするのでは無く『いまがいぃ~』のだと思います。すると、迷い多い不安の人生も、阿弥陀如来の願いの力により豊かな心に転じられるのです。
23日(月)
24日(火)
25日(水)
26日(木)
27日(金)
28日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 渡邉 大/本願寺派布教使(大阪教区豊島北組長寿寺)/身の幸なにたとうべき
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
28日(土) 「身(み)の幸(さち)なににたとうべき」
渡邉 大(わたなべ だいゆう)(大 阪)
阿弥陀さまからのわたしに届けられてある願いに気づかせていただくことが、何より幸せなことです。目の前に至り届いてあるその幸せをどのように頂戴すればよいのでしょうか?何を心がけて日暮らしをおくればよいのか。そんなことをご一緒に考えてまいりたいと思います。
29日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 小村 賢昭/本願寺派布教使(大阪教区川北組西光寺)/仏教にみる人生観
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
29日(日) 「仏教(ぶっきょう)にみる人生観(じんせいかん)」
小村 賢昭(こむら けんしょう)(大 阪)
仏教は「人生は苦である」とみていくところから始まる教えであります。釈尊が出家された時の問題意識が、生老病死の四苦であったといわれています。四苦(特に老病死)は、今生きている私の問題であります。親鸞聖人も29歳の時、生死の問題、所謂後生の一大事を問題にされておられました。生老病死の四苦を通して、今生きていることの意味を考えてみたいと思います。
30日(月)
31日(火)