法座(法座概要)

2017年03月

▼ 晨朝勤行

朝のお参りのことを「晨朝(じんじょう)」といいます。朝のひとときを、ご一緒に過ごしてみませんか?

毎朝7時より(1時間程度です) 

▼ 法座日程

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1日(水)
朝の仏教講座 7:00 ~ ※晨朝に引き続き40分間
 中川 眞昭/元朝日放送チーフプロデューサー/いのちへのまなざし、きびしく
【 朝の仏教講座 】 1日(水) 7:00~8:20
「 いのちへのまなざし、きびしく 」
元朝日放送チーフプロデューサー/中川 眞昭(なかがわ しんしょう)
朝になると目がさめる。いのち限りなくつづいていく、それが当たり前のように思う私。高齢者という呼び方を、65歳ではなく75歳からにしようと提言されると「オッ、10年長生き」といのちの保証をされたかのように感じる私。「いのちの長さとは」と問いかけられたお釈迦さまのきびしいまなざしを、「後生の一大事 いのちのあらん限り ゆだんあるまじきこと」と記した妙好人赤尾の道宗さんと、テレビの番組制作で出会った一人の少年のすがたを通して、一緒に考えてみたいと思います。
2日(木)
3日(金)
4日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 藤 正史/本願寺派布教使(大阪教区南郡組慈光寺)/生死いずべき道
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
4日(土) 「 生死(しょうじ)いづべき道(みち) 」
藤 正史(ふじ まさし)(大 阪)
「お仏壇にどんな心もちでお参りなさるか」と、ご門徒方にお伺いする機会がありました。すると、亡き方を偲びつつ、先祖に加護を願うなどのご意見が多くみられました。一般にお仏壇は死者儀礼の一つとみられ、そこには生者である自身と死者との厳然とした峻別があります。生を喜びとする自身は、悲しむべき死者への施しをする存在となってしまい、生死は対立し相容れない概念となります。生死即涅槃と、迷いの生死を超えた、目覚めのお浄土を表して下さるお仏壇の意義を窺わせていただきます。
5日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 不死川 昌史/本願寺派布教使(大阪教区天野北組明教寺)/南無阿弥陀仏のお喚び声
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
5日(日)「 南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)のお喚(よ)び声(ごえ) 」
 不死川 昌史(しなずがわ まさし)(大 阪)
「煩悩に遂には勝てぬ我が身なり 無条件降伏 南無阿弥陀仏」(朝日歌壇 長野市 関川 喜太郎)という短歌に出遇ったことがあります。宗祖は「南無阿弥陀仏」の御六字を釈される『顕浄土真実教行証文類 行文類』で「帰命は本願招喚の勅命なり」と述べておられます。古来、我々衆生に帰せよと命じる如来の喚び声と言われる所以です。また六字釈では「告なり、述なり、人(如来)の意を宣述するなり」と釈されています。しからば大悲の御意は、一体我々に何を告げているのか。その内容をより具体的に味わって参りたいと思います。
6日(月)
7日(火)
8日(水)
9日(木)
10日(金)
11日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00 ※法友会併催
 藤原 修/本願寺派布教使(大阪教区河中南組正善寺)/斯の光に遇えばこそ
法友会 15:30 ~ 16:30
 髙橋 昭人/勤式練習
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
11日(土)「 斯(こ)の光(ひかり)に遇(あ)えばこそ 」
藤原 修(ふじわら おさむ)(大 阪)
いろんな慮りのなかで、何かと悩み多く日暮らししています。皆さんはどうでしょうか?命を閉じ込め、閉ざす命を生きている私ですが、この私をこそ目当てに常に喚ばれている光(お念仏)が届けられています。
   
清浄光明ならびなし 遇斯光のゆへなれば 
一切の業繋ものぞこりぬ 畢竟依を帰命せよ
12日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 喜多 唯信/本願寺派布教使(大阪教区茅渟組光瀧寺)/生命の連続性
一味会 13:30 ~ 15:30
 木下 慶心輪番/本願寺津村別院 輪番
 天岸 淨圓/行信教校 講師
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
12日(日)「 生命(いのち)の連続性(れんぞくせい) 」
喜多 唯信(きた ゆいしん)(大 阪)
『歎異抄』第五条には「一切の有情はみなもつて世々生々の父母兄弟なり」と言われています。現代に生きる私たちの中には、「この世の中は楽しければ良い」とか、「人生を楽しまなければ」と考える方が多いのではないでしょうか。果たして本当にそうでしょうか。
この度は「世々生々の父母兄弟なり」という御文を通して、生命の連続性を中心に皆さまと一緒にみ教えを味わわせていただきたいと思います。
13日(月)
婦人会 13:30 ~ 15:00
 西上 義昭/本願寺派布教使(大阪教区三郡組西教寺)
14日(火)
常例布教 14日(火)~16日(木)
 寺尾 俊洋/本願寺派布教使(東海教区三重組延長寺)/み佛とともに
【 常例布教 】 14日(火) ~16日(木)
「み佛(ほとけ)とともに」
寺尾 俊洋(てらお しゅんよう)(東 海)
30年以上も前ですが、信仰に生きた親、親がしていたので仏事をする子、孫は仏事をせずともなんとも思わなくなると、教えられたことがありました。そして、今、家族葬・直葬など宗教離れが現実の事となりました。しかし、今こそ、み佛のみ教えに生きるということとはどういうことなのか、私にとってみ教えがどうして必要なのかを問い直す時だと考えるべきと思います。この度の常例布教では、このことをお同行の皆さまと一緒に味わっていきたいと思っております。
15日(水)
常例布教 14日(火)~16日(木)
 寺尾 俊洋/本願寺派布教使(東海教区三重組延長寺)/み佛とともに
【 常例布教 】 14日(火) ~16日(木)
「み佛(ほとけ)とともに」
寺尾 俊洋(てらお しゅんよう)(東 海)
30年以上も前ですが、信仰に生きた親、親がしていたので仏事をする子、孫は仏事をせずともなんとも思わなくなると、教えられたことがありました。そして、今、家族葬・直葬など宗教離れが現実の事となりました。しかし、今こそ、み佛のみ教えに生きるということとはどういうことなのか、私にとってみ教えがどうして必要なのかを問い直す時だと考えるべきと思います。この度の常例布教では、このことをお同行の皆さまと一緒に味わっていきたいと思っております。
16日(木)
常例布教 14日(火)~16日(木)
 寺尾 俊洋/本願寺派布教使(東海教区三重組延長寺)/み佛とともに
【 常例布教 】 14日(火) ~16日(木)
「み佛(ほとけ)とともに」
寺尾 俊洋(てらお しゅんよう)(東 海)
30年以上も前ですが、信仰に生きた親、親がしていたので仏事をする子、孫は仏事をせずともなんとも思わなくなると、教えられたことがありました。そして、今、家族葬・直葬など宗教離れが現実の事となりました。しかし、今こそ、み佛のみ教えに生きるということとはどういうことなのか、私にとってみ教えがどうして必要なのかを問い直す時だと考えるべきと思います。この度の常例布教では、このことをお同行の皆さまと一緒に味わっていきたいと思っております。
17日(金)
春季彼岸会法座 ※17日晨朝~19日逮夜
 本多 昌道/本願寺派布教使(滋賀教区蒲生下組願證寺)/わたしがめあて
【 春季彼岸会法座 】 17日(金) ~ 23日(木)
17日(金) ~ 19日(日)
「 わたしがめあて 」
本多 昌道(ほんだ しょうどう)(滋 賀)
私達は一年を通してたくさんの仏事を経験しています。年忌法要・葬儀・春秋の彼岸会・お盆等、そのどれもが「亡くなられた方の為」のお仏事として終わっているのではないでしょうか。親鸞聖人は、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。」とお示し下さいました。仏法は、誰かの為ではなく「私がめあて」であったと知らされるのであります。
18日(土)
春季彼岸会法座 ※17日晨朝~19日逮夜
 本多 昌道/本願寺派布教使(滋賀教区蒲生下組願證寺)/わたしがめあて
【 春季彼岸会法座 】 17日(金) ~ 23日(木)
17日(金) ~ 19日(日)
「 わたしがめあて 」
本多 昌道(ほんだ しょうどう)(滋 賀)
私達は一年を通してたくさんの仏事を経験しています。年忌法要・葬儀・春秋の彼岸会・お盆等、そのどれもが「亡くなられた方の為」のお仏事として終わっているのではないでしょうか。親鸞聖人は、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。」とお示し下さいました。仏法は、誰かの為ではなく「私がめあて」であったと知らされるのであります。
19日(日)
春季彼岸会法座 ※17日晨朝~19日逮夜
 本多 昌道/本願寺派布教使(滋賀教区蒲生下組願證寺)/わたしがめあて
廣輪会 13:30 ~ 15:00 ※彼岸会併催
 本多 昌道/本願寺派布教使(滋賀教区蒲生下組願證寺)
【 春季彼岸会法座 】 17日(金) ~ 23日(木)
17日(金) ~ 19日(日)
「 わたしがめあて 」
本多 昌道(ほんだ しょうどう)(滋 賀)
私達は一年を通してたくさんの仏事を経験しています。年忌法要・葬儀・春秋の彼岸会・お盆等、そのどれもが「亡くなられた方の為」のお仏事として終わっているのではないでしょうか。親鸞聖人は、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。」とお示し下さいました。仏法は、誰かの為ではなく「私がめあて」であったと知らされるのであります。
20日(月)
春季彼岸会法座 ※20日晨朝~23日中
 藤田 哲史/本願寺派布教使(奈良教区添下組西蓮寺)/目覚めの教え
【 春季彼岸会法座 】 17日(金) ~ 23日(木)
20日(月) ~ 23日(木)
「 目覚(めざ)めの教(おし)え 」
藤田 哲史(ふじた てつし)(奈 良)
親鸞聖人の浄土真宗は「目覚めの教え」である、と申し上げたらあなたは驚かれるでしょうか?
“お念仏の教え”は、阿弥陀仏の本願の名号、南無阿弥陀仏に目覚める教えであります。それは、大いなるいのちに生かされ、多くのいのちに生かされ、多くの人々の思いやりによって生かされていることに目覚める教えと言っても良いでしょう。必ずすくうの喚び声を必ずすくわれると受け取めることを信心といい、聖人は無疑の信心と顕されました。我亦在彼摂取中―。お念仏を聞かせていただく中に「目覚め」をいただきます。
21日(火)
春季彼岸会法座 ※20日晨朝~23日中
 藤田 哲史/本願寺派布教使(奈良教区添下組西蓮寺)/目覚めの教え
【 春季彼岸会法座 】 17日(金) ~ 23日(木)
20日(月) ~ 23日(木)
「 目覚(めざ)めの教(おし)え 」
藤田 哲史(ふじた てつし)(奈 良)
親鸞聖人の浄土真宗は「目覚めの教え」である、と申し上げたらあなたは驚かれるでしょうか?
“お念仏の教え”は、阿弥陀仏の本願の名号、南無阿弥陀仏に目覚める教えであります。それは、大いなるいのちに生かされ、多くのいのちに生かされ、多くの人々の思いやりによって生かされていることに目覚める教えと言っても良いでしょう。必ずすくうの喚び声を必ずすくわれると受け取めることを信心といい、聖人は無疑の信心と顕されました。我亦在彼摂取中―。お念仏を聞かせていただく中に「目覚め」をいただきます。
22日(水)
春季彼岸会法座 ※20日晨朝~23日中
 藤田 哲史/本願寺派布教使(奈良教区添下組西蓮寺)/目覚めの教え
【 春季彼岸会法座 】 17日(金) ~ 23日(木)
20日(月) ~ 23日(木)
「 目覚(めざ)めの教(おし)え 」
藤田 哲史(ふじた てつし)(奈 良)
親鸞聖人の浄土真宗は「目覚めの教え」である、と申し上げたらあなたは驚かれるでしょうか?
“お念仏の教え”は、阿弥陀仏の本願の名号、南無阿弥陀仏に目覚める教えであります。それは、大いなるいのちに生かされ、多くのいのちに生かされ、多くの人々の思いやりによって生かされていることに目覚める教えと言っても良いでしょう。必ずすくうの喚び声を必ずすくわれると受け取めることを信心といい、聖人は無疑の信心と顕されました。我亦在彼摂取中―。お念仏を聞かせていただく中に「目覚め」をいただきます。
23日(木)
春季彼岸会法座 ※20日晨朝~23日中
 藤田 哲史/本願寺派布教使(奈良教区添下組西蓮寺)/目覚めの教え
【 春季彼岸会法座 】 17日(金) ~ 23日(木)
20日(月) ~ 23日(木)
「 目覚(めざ)めの教(おし)え 」
藤田 哲史(ふじた てつし)(奈 良)
親鸞聖人の浄土真宗は「目覚めの教え」である、と申し上げたらあなたは驚かれるでしょうか?
“お念仏の教え”は、阿弥陀仏の本願の名号、南無阿弥陀仏に目覚める教えであります。それは、大いなるいのちに生かされ、多くのいのちに生かされ、多くの人々の思いやりによって生かされていることに目覚める教えと言っても良いでしょう。必ずすくうの喚び声を必ずすくわれると受け取めることを信心といい、聖人は無疑の信心と顕されました。我亦在彼摂取中―。お念仏を聞かせていただく中に「目覚め」をいただきます。
24日(金)
25日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 西村 哲夫/本願寺派布教使(大阪教区河中北組浄福寺)
 自力聖道門と阿弥陀さま
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
25日(土)「 自力聖道門(じりきしょうどうもん)と阿弥陀(あみだ)さま 」
西村 哲夫(にしむら てつゆう)(大 阪)
「タイムマシンに乗って、人生やり直したい」。人生が変わったとしても、きっとまた同じ事を言っている、私がいると思うのです。
どれだけ変わったとしても、今此処にいることを喜べる自分に成りたい。
阿弥陀さまに会えた喜びと、煩悩具足の凡夫に、気づかされた「私」がないなら、人生が変わることの方が恐ろしいです。
「聞思莫遅慮」。ただ阿弥陀さまがご一緒下さる人生が、有り難いと思える今があります。
26日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 西原 法興/本願寺派布教使(大阪教区河中北組浄向寺)/タノム・タスケタマヘ
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
26日(日)「 タノム・タスケタマへ 」
西原 法興(にしはら ほうこう)(大 阪)
『御文章』には、「後生たすけたまへ」と「弥陀をたのめ」というお諭しが随所にみられます。この平易な言葉で我々をご教化いただいたことで、大いに浄土真宗は興隆したと言えるでしょう。 しかしこの言葉を、「どうかお助け下さいと阿弥陀如来におねがいすることである」と理解するならば、祖師・蓮師の真意に適わないことになります。「タノム・タスケタマへ」を歴史的・教学的に味わってみたいと思います。
27日(月)
28日(火)
29日(水)
30日(木)
31日(金)