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大悲を味わう

 まだまだ寒さも残りますが、桃の節句を迎え、いよいよ春を体感できる季節となりました。春を一日探しても見つけることができず、帰ってきた庭先のつぼみに春を見つけたというお話がありましたが、これからいろいろな所で春を見つけることでしょう。

 我が家では、大人に交じって家にとじこもっていた子ども達が、春になると庭を走り回り、水たまりや水道から水を汲み、ママごとをし始めます。それまでは氷が張った時は別として、トイレの手洗いさえも嫌がりますが、水を汲み土と混ぜて、泥のご飯やスープ、泥団子を作り出す姿に、いよいよ今年も春がきたなあと、春の訪れを実感します。今年はもう少し先でしょうか?

 皆さんは、春と同じように阿弥陀さまの訪れを感じることがあるでしょうか?

 阿弥陀さまも春や風と同じで、車や人の訪れのように目で確認することはできません。風も目には見えないので、直接絵に描くことはできません。でも、風の吹いた絵をご覧になったことはないでしょうか? そう、目には見えなくても稲穂のさざ波や、舞い散る花びらや木の葉に風を見ることができます。阿弥陀さまも同じです。目で直接に見ることはできません。でも、阿弥陀さまにお遇いすることは簡単です。それはお念仏です。阿弥陀さまを直接見ることはできませんが、お念仏を通してお遇いすることができるのです。

 親鸞聖人は、「念仏のみぞまことにておわします」と、仰せになっています。それは、春の風に木の葉が舞うように、お念仏は私たちが称えながら、そのままが阿弥陀さまが、はたらいて下さっているからなのです。お念仏は私が称えながらも、そのまんま阿弥陀さまが私を呼び覚まし、私をお浄土へと導いて下さっているお姿でありました。

『北御堂テレホン法話 2008年3月より』

 医学の進歩によって、日本人の平均寿命はどんどん延びて、世界最長寿国と言えるほどになってきました。長生きをしたいとは誰でも思うことでしょうが、それで日本のお年寄りは幸せになったのでしょうか?

 年を取ってきますと、みんなぴんころの人生を望むと言われます。ぴんぴん元気に長生きをさせてもらって、死ぬ時はころっと楽に死にたいという意味ですが、そんなにうまくいくものでしょうか? 元気に長生きしても本当に幸せでしょうか? ころっと楽に死ねるとしても、死んでいくことについて、不安を感じることはないのでしょうか?

 加賀の念仏者で藤原鉄乗という方がおられます。その方の厳しいお言葉があります。「いつまでも生きていたい、いつまでも生きていたいと、百歳まで生きても、その人は若死である。いつ死んでもいいと、今日一日を喜んで生きられる人は、いつ死んでも、寿命を全うした人である」と。

 大谷大学の先生である小川一乗さんはおっしゃられます。「いつ死んでもよいと、安心して死を引き受けていける命の真実が明らかになったとき、ただ今の命が輝いてくるのです。この瞬間に喜びが生まれるのです。しかし、現在の日本人は経済大国になって、衣食住が豊かになったかわりに、安心して死んでいける命の真実が見えなくなってしまいました。長寿だけが幸せだと、平均寿命の延びに拍手しているのです」と。

 どんなに物質的に豊かな生活をしていても、生きていることに感動せず、不平不満だらけの生活を続け、死への不安に怯え、死から逃げることだけを考える生活が、本当に幸せだと言えるのでしょうか? 自分の死から目を背けず、いのちの真実を見つめ続ける時、本当の幸せな人生というものが得られるのだと思います。

『北御堂テレホン法話 2008年2月より』

 昔から、1年の計は元旦にありと、よく言われてきましたので、今年こそはと、思いを新たにしておわれるお方も多いことであろうと思います。この1年の区切りと言いますのは、過ぎし日々を反省し、これからの日々を考えます時に、1日、1ヶ月、1年と気分を一新してさらに向上目指そうとされた先人の生活の知恵でありましょう。

 過ぎし1年を振り返り、これからの1年を考えます時、私は大切にしていただきたい言葉があります。もう亡くなっておられますが、広島県の方で、岩本月州という、大変お念仏を喜ばれた方がいらっしゃいました。この方が、米寿のお祝いの記念に書かれた色紙の言葉です。「常に居ますを佛という。此処に居ますを佛という。共に居ますを佛という。この佛を南無阿弥陀仏という。このいわれを聞いて歓ぶを信心という。称えて喜ぶを念佛という」。私は言葉を昨年、入院いている時に味わいなおしておりました。

 頚椎の手術を終え、集中治療室での24時間を経て、病室へ戻った日のことです。まだ、麻酔も完全には切れていないし、痛み止めも飲んではいるのですが、激しい痛みのために病室に戻った夜は、結局一睡もすることはできませんでした。両手は点滴等で動かせませんし、首は固定されておりますので、動かすことができるのは目だけなのですが、じっと目をあけておりますと、乾燥して痛くなります。眠ろうと目を閉じても、痛みのために眠ることはできません。そんな時、先の言葉を思い出しました。「常に」「ここに」「共に」とは、言い換えますと、「いつも私と一緒に」ということですから、今こうして痛みに耐えている時も、一緒に涙してくださっているのが、南無阿弥陀仏の如来様であるということなのです。なぜかほっとしました。この状況を分かってくださっている方がいてくださる、そう気づかせていただき、少し気が楽になりました。

『北御堂テレホン法話 2009年1月より』

 私の友人が、日本人の宗教観をよく表した言葉があると教えてくれました。それは、「主を讃え 仏に暮れて 神で明け」という言葉です。「主を讃え」とは、主とはキリスト教で言われます救い主でありますから、キリスト教の神を讃えているということです。具体的に言いますと、街中にクリスマスソングが流れ、イルミネーションが輝き、ツリーが飾られています。中にはお仏壇がありながら、クリスマスツリーが飾られていたり、12月25日にケーキを食べておられる家庭も、結構あるようです。クリスチャンでもないのにです。

 ところが、12月25日を過ぎると、はたと気が付くのです。我が家はクリスチャンではなく、仏教徒であったと。で、どうするのかと言いますと、大みそかに殊勝そうな顔をして、除夜の鐘を撞きに行くのです。「仏に暮れて」とは、この状況を言ったのですが、鐘を撞いて煩悩がなくなるなら、如来様は楽なのですがね。除夜の鐘を撞いたところで終われば、まだ可愛げもあるのですが、ひょっとすると、鐘を撞き終わって、さあ日付が替わったからと、初詣と神社へ出かける人も多いのではないでしょうか。これを言ったのが、「神で明け」という言葉です。ちゃんと五・七・五にまとめられたこの言葉、「主を讃え 仏に暮れて 神で明け」。よく心したいものです。

 本当にこの命の拠りどころとなるものをもっておりませんので、その時々に自分の都合のいいように使い分けているのです。その時々の縁次第によっては、どのようにでも変わってしまう弱い私であることを見抜き、知り抜いて下さってあるお方を、阿弥陀如来と申し上げるのです。たとえ、すべての人々より見捨てられたとしても、阿弥陀と名のるということは、決してあなたを一人ぼっちにすることはない、私が一緒にいるからその命を一緒に精いっぱい生きようとはたらいて下さっているのです。決して、この私を見捨てることのないはたらきを南無阿弥陀仏と聞き、本当の私の命の拠りどころなのであります。

『北御堂テレホン法話 2008年12月より』

 宗教の「宗」という字を親鸞聖人は、「宗(むね)とする」と読んでおられますから「拠り処」という意味で使っておられます。ですから、宗教といいますのは、この私の命の拠り処となる教えという意味になります。「私は無宗教です」とおっしゃる方に会いますと、拠り処をもっておられない寂しい方なのかな、という思いがします。

 人生をよく旅に譬えますが、帰るところ、帰れるところがあるからこそ、旅と言えるのです。帰るところをもたないのは、放浪でしかないのです。旅をしているのと、放浪をしているのは、見た目にはよく似ていても、実は大きな違いがあるのです。「帰る」という言葉の本来の意味は、待って下さっている方がいるから帰れるということなのだ。誰もいない所へは1人で行くのだと、以前教えていただいたことがあります。どうして帰るところを問題にしなければいけないのかといいますと、旅の楽しさを支えているものは、実はいつでも安心して帰れる家があるということなのです。旅先で、「家は大丈夫であろうか?」「家族は健康であろうか?」など、そのことばかりに気をとられているならば、体は旅をしていても、少しも楽しむことはできません。今とここを本当に楽しむことができるのは、いつでも安心して帰れる場があるということなのです。

 私の人生、実は人生といいますと、何となく長いような錯覚をしがちでありますが、お互いに過ぎてしまった昨日に戻ることは出来ませんし、まだ来ぬ明日はあてにはならないのです。従いまして、私の人生といいますのは、今ここをおいてはどこにもあり得ないのです。その今とここを本当に生かさせてやりたい、精いっぱい命輝かせてやりたいというはたらきを南無阿弥陀仏と聞かせていただくのです。同じ阿弥陀様のはたらき、南無阿弥陀仏によって先にお浄土へかえられた方が待って下さっていますから、安心してかえることができる。従って、今とここを力いっぱい生きることができるのです。

『北御堂テレホン法話 2008年12月より』

 お釈迦様は、「人生は苦である」と言われました。人生を苦と感じ、その人生を如何に克服していくのか、それが私たちの人生に与えられた課題なのです。

 私たちは、「あの人が悪口を言った」と言って腹を立てます。しかし、悪口を言うのは向こうの勝手、怒るか怒らないかは、こちらの勝手なのです。しかし、そうはいきません。きっちりお付き合いをして、一晩中寝られないこともあります。要するに、自分の都合のよいものに対して、愛欲の心を起こし、自分の都合の悪いものに対して、憎しみの心を起こすのです。それも自分の都合によって、コロコロ変わっていくから太刀が悪いのです。この心が身を煩わし、心を悩ますのです。その心によって私たちは、どうしようもない苦しみの世界を描き出していくのです。これがなくなればよいのです。話はよく分かるのですが、分かっちゃいるけどやめられない、というのが現実なのです。しかし、身を煩い、心を悩ます煩悩を恥ずかしいと言えるのは、仏さまに出遇っている証拠なのです。

 日本人の持っている素晴らしい文化の1つが、恥ずかしさを知るということだったのです。恥ずかしい心が煩悩にブレーキをかけてくれるのです。浄土真宗の教えの盛んなところでは、犯罪が非常に少なかったと言われます。もし、ブレーキの利かない車に乗ったら、自分が怪我をするだけではありません。人も傷つけます。だからブレーキが大事なのです。この頃はどうも人間にブレーキが利かないようになってきました。

 皆さんも一度、点検してみては如何でしょうか?

『北御堂テレホン法話 2008年9月より』

 親鸞聖人は、自己の罪悪性、虚仮性に悲歎され、また、ご自身の行き先は地獄しかないとおっしゃいました。

 しかし、南無阿弥陀仏のみ教えにあわれ、「罪悪深重であると嘆くな、私にまかせよ必ず救う」という如来の呼びかけに「ハイ如来様 あなたにおまかせします」とおまかせするというものでありました。

 それが「南無阿弥陀仏を称えること」すなわち「お念仏」なのです。如来におまかせするということは投げやりになることではありません。

 如来が必ず救うというているなら、このままの相でいいのではないか、絶対他力ですから、聞く必要もないのではありませんか、心の底に浄土真宗のみ教えは何もしないでも阿弥陀様に救われていくのだということになっていませんか。

 このまま、絶対他力、如来にまかせるというお言葉は、信心の味わいを示しているのであります。
浄土真宗の生活信条は、念仏者として、あたりまえの生活であります。しかし、一つ一つの信条を、今の私の生活に照らし合わしますと恥ずかしいに一言であります。

一、み仏の誓いを信じ 尊いみ名をとなえつつ 強く明るく生き抜いているのか
一、み仏の光をあおぎ 常にわが身をかえりみて 感謝のうちに励んでいるのか
一、み仏の教えにしたがい 正しい道を聞きわけて まことのみのりをひろめているのか
一、み仏の恵みを喜び 互いにうやまい助けあい 社会のために尽くしているのか
実にその逆の生き方をしています。

 親鸞聖人のご一生は、求道・信心・報謝・処世の四つの大きな節目があるといいました。この生活信条もよく味わっていきますと、一番目が信心のことをいい、二番目に報謝のことをいい、三、四番目が念仏者の生き方を表しています。

 まことに厳しい生活信条でありますが、浄土真宗の念仏者の基本的立場であることを忘れないように努めてまいりましょう。この信心の味わいを身につけるまで親鸞聖人はいのちがけの聴聞をしたことを忘れてなりません。

『聞法(1999(平成11)年7月21日発行)』(著者 :佐々木義信)より

 一、み仏の恵みを喜び 互いにうやまい助けあい 社会のために尽くします。

 如来のご本願は差別、区別なく平等にそそがれています。老いも若きも、男も女も、いかなる人の上にも必ず救わずにはおかない願い、如来のまことをさずけ、念仏を称えさせ往生させる願いであります。

 「こんな私にも、ご本願がかけられている」というこころ、また「あなたも、私も如来さまの願いがかけられてある」というこころでこの人生を生きていくならば、自分さえよければといった自己中心的な考え方から、互いに助けあい、うやまう心が生じてくるのではないでしょうか。

 最近では、ご門徒さんの高齢化がすすんでいます。私がおつとめを終わり、お茶を飲んで帰ろうとしたとき、一人のおばあちゃんが「ご院さん、見捨てんといてや」と言われたのであります。 このお話を先輩に言いますと、そういうときは、
「ご院さんは捨てるかもしれんが 阿弥陀さんは絶対に捨てん」
と答えると言われました。しかし、この答えでよいのでしょうか?

 私たち僧侶は日々お参りをしておりますが、テクニック(技術)と自己満足の繰り返しのような接し方をしているように思えてならないのであります。

 一ヶ月ごとに衰えてくる老人が現実に目の前にいても、その相談を門徒の家族からうけることなどありません。

 「共生」ともに生きるということばは、ずいぶん昔から我が教団においても叫ばれています。
その叫びが届かないのは、ご門徒に聞こえないからなのか、また、僧侶自身が純粋でないからなのか。

 しかしながら、「ご院さん見捨てんといてや」と言われて、気持ちの上では見捨ててなくても、実際はほっとかなくてはいけない可能性があります。でも、「そうじゃないで」と「私が頼んだるからな」と「安心しいや」と言えるものの形ができないものかと思うのであります。

『聞法(1999(平成11)年7月21日発行)』(著者 :佐々木義信)より

 一、み仏の教えにしたがい 正しい道を聞きわけて まことのみのりをひろめます。

 お参りに行く途中数人の子どもが遊んでおりましたら、私の姿を見て「お坊さん、だれか、死んだんか」と聞いてくるのです。

 子どもさんから見れば、死すなわちお坊さん、いや、大人も同じ見方をしています。

 僧侶イコール葬式なのかもしれません。本来、仏教は真実の世界、悟りの世界に到る事を目的とするみ教えであります。

 しかし世間では悲しい事に悟りを得るという事は大した問題ではないようです。

 そんな事よりも物やお金を求めて、幸福者になろう、それが充実した人生であるという考え方であります。

 しかしながら、悲しいかな私たちは我欲を中心に生きていますから、求めても不足・不満・虚仮不実でありますから、(求め欲するものを得られない苦しみ)求不得苦に悩まされるのであります。だから永遠の幸福は我執を軸にして生きていると最後まで「幸福者でございます」の心持ちが湧き出てこないのであります。

 しかし、み仏の教えに耳を傾ける事によって(求め欲するものを得られない苦しみ)求不得苦の歩みを通して、如来の本願の名号が、私に、めざめよ、めざめよと働きづめであったと気づかせて頂くのであります。

 この如来の働きという事実にめざめさせて頂くときから、私達は、有・無をこえた満足の生活、永遠の幸福の身にさせていただくのであります。

 私が市役所に勤めていた時の友人で肺真菌症という病気で三十七才の若さで亡くなられた方がおりました。

 その彼は真言宗でありましたが、私のお寺の報恩講に二、三度お参りにきたことがあります。

 浄土真宗のみ教えが死ぬまで十万回の念仏を称えよ、死ぬまで確かな信心をつくってこいよとの条件がつくなら、友人の彼は救われていないことになります。

 間違いだらけの私が間違えさせないのお念仏に救われていくのであります。

 私達は一人でも多く真実のみ教えを伝えさせていただくことが報恩感謝の営みであります。

『聞法(1999(平成11)年7月21日発行)』(著者 :佐々木義信)より

 一、み仏の光をあおぎ 常にわが身をかえりみて 感謝のうちに励みます。

 自分の本当の姿を見るということは、仏の智慧の光明との出遇いによりうつし出され、初めて私の本性というか姿がはっきりと知らされてくるのであります。

 法事の時、奥さんが「主人をなくして、一年になりますが、やっと生きている実感というものがもどってまいりました」とおっしゃるのです。そのご主人は登山というか、山を歩くのが好きだったのですが、和歌山の紀見峠を歩いている途中、胸が痛くなり脇道にすわり込んだまま亡くなられたのです。

 私は、この奥さんも世の中でいわれているようにご主人に先立たれた女性は立ち直りが早いという女性のタイプかと思ってしまったのでありますが、そこから素晴らしい話が展開されたのであります。

 さらに奥さんは、『お寺さん、この世の中に「あたりまえ」などないんですね。

 私がいて主人がいた。それが「あたりまえ」と思っていましたが、主人が亡くなってから「あたりまえ」ということがないということを知りました。私がいまここで一周忌を迎えられることも「あたりまえ」ではないんですね。感謝せんといけませんね』とおっしゃったのです。

 夫を失うことによって、真実世界を知り、私自身の本当の姿を知らされ、感謝の中で生きられているようでありました。本当の法事に出あって充実した一時でありました。

 親鸞聖人は自分の心にうそ・いつわりを持って生きていく事が出来なかった方です。法然上人との出遇いによって、お念仏に救われていくみ教えに帰依し、他力の道へ入られたのです。南無せよ、南無せよと呼んで下さる阿弥陀如来に生も死も全くおまかせして、お念仏こそ私の人生であるといいきらさせていただくそのままが、救われていくということであります。

 仏の光明に照らし出された私は虚仮不実の我が身であります。しかし汚れた心の中に清らかな仏の心が生まれるのではないでしょうか。

 我執を軸にしていた私が常に如来の慈悲の心にたちかえらせていただき、慚愧と感謝の生活に転じていくのであります。

『聞法(1999(平成11)年7月21日発行)』(著者 :佐々木義信)より

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