熊はんと御隠居が読む阿弥陀経:その28
【熊】 「御隠居はん、こんなとこに日を数えたはりまんな。これなんでんねん。」
【御隠居】「ああ、この『若一日 若二日 若三日 若四日 若五日 若六日 若七日』のことかいな。」
【熊】 「そうです。若いもんが、日にちの計算でもしてまんのか。」
【御隠居】「ははは、そうやないんやで。若いというのは、もしということなんや。これはな、数をきっちりと決めへんということなんや。このことを話す前に『執持名号』の執持のことを話とかんなあかんな。」
【熊】 「まさか、『執持名号』とは、名号を書くことである、何てこといわはりまへんやろな。」
【御隠居】「当たり前や。おまはんとは違うで。親鸞聖人が解釈してくれはったのんを見てみると、執とは、阿弥陀さまの名号を信ずる心が堅くて移転しないことで、持とは、名号を称える心が散り乱れたり、失われたりしないことといわれてるんや。つまり、執持名号ていうたら、名号を信じて称えることということで、他力の信と行をあらわしてるといわれるんや。」
【熊】 「おっと、寝てしもうてましたわ。むつかしい話でんな。」
【御隠居】「あーせやな。なんで、むつかしいかというたらな、ここんとこは、一生懸命自分の力でお念仏しましょうというのが、表向きの読み方なんや。せやけど、それやったら、阿弥陀さまの教えの中心である他力ではないわな。『阿弥陀経』は浄土三部経の一つなんやから、表向きは自力のお念仏を勧めたはるように見えても、その底には他力の教えが流れてるはずやと、読まれたんが親鸞聖人なんや。そのためには、ようよう考えて読まれたんやな。それで、むつかしなったんや。」
【熊】 「はあー、さよでっか。親鸞聖人はいろいろ考えてくれはったんでんな。その親鸞聖人が執持名号は、他力の信と行をあらわしてるというたはるんやったら、そうに違いないでんな。」
【御隠居】「なんや、えろうものわかりがええな。」
【熊】 「そうでっしゃろ、御隠居はんに鍛えられましたわ。それででんな、執持名号が他力やと聞いたら、若一日がきっちりした日数をいうてるんではなく、数にこだわらずに、いのちあるかぎり、お念仏申す人生を送らせてやりたいという、阿弥陀さまのお心があらわれてるんでんな。」
【御隠居】「そういうことやな。そうなると、後の『一心不乱』というのも、一生懸命ということではのうて、ふたごころのない真心やから乱れることがないということで、やっぱり、他力の事をいうたはるんやな。せやから、他力念仏以外にはお浄土に生まれていくことがでけへんと、他力念仏を勧めてくれたはるんや。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「お浄土が、倶会一処の世界やというのは、ほんまにありがたいことでんな。けど、どうやったら、お浄土に生まれることができまんねん。」
【御隠居】「そのことや、それが続きに説かれてるんや。先ずな、どうやったらお浄土へ生まれるかということより、どういうことをしてたら、お浄土に生まれられへんかをいうてくれたはるんや。」
【熊】 「それ、どんなことでんねん。」
【御隠居】「そやな、少善根福徳の因縁では、お浄土へ生まれることはでけへんと説かれてるな。」
【熊】 「少善根福徳てなんでんねん。」
【御隠居】「ちょっとのええ行いということで、お念仏以外の自分でするいろいろな行や善をいうんや。」
【熊】 「ええことすることが、なんであきまへんねん。山にこもって、一生懸命修行したはる人もいたはりまっけど、そんな人らはお浄土へは生まれられへんのでっか。」
【御隠居】「そやな、なんであかんかゆうたらな、私らはなんぼ、修行しても、ええことをしても、そのしたことにこだわるやろ。」
【熊】 「そら、しんどかったら、しんどいほど、でけたときは、わしはでけたでと自慢しとなるわな。」
【御隠居】「自慢するだけやった、まだしも、でけたということから、でけへんもんを攻めるのが、私らやろ。」
【熊】 「そうでんな。でけたもん同士仲ようして、でけへんもんをのけもんにしまっさかいな。」
【御隠居】「そういうことや。そんな少善根でお浄土へ生まれるとしたら、阿弥陀さまの願いとぜんぜん違うことになるで。」
【熊】 「そうでんな、阿弥陀さまは全ての人を救いたいと願わはったんでしたな。せやのに、ようがんばった人だけがお浄土に生まれるとしたら、願い通りや、あらしまへんな。けど、そんなら、どうやったらお浄土に生まれまんねんな。」
【御隠居】「ここに、『聞説阿弥陀仏 執持名号』とあるやろ。阿弥陀仏を説くを聞いて、名号を執持するということやから、名号によらんとあかんということや。」
【熊】 「名号いうたら、南無阿弥陀仏(なまんだぶ)のことでっか。」
【御隠居】「そうや。この阿弥陀さまの名前には、阿弥陀さまの願いが全て込められてるんや。それは、自分で建てられた願いが全部出来上がったということを告げてくれはったことなんや。せやから、その阿弥陀さまのお心が、私らをお浄土に生まれさせてくれはるんや。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「御隠居はん、ここにある『倶会一処』てどういうことでっか。」
【御隠居】「ああ、それはな、ともにひとところに会うということや。ここもな、お釈迦さんが舎利弗に尋ねたはるとこや。」
【熊】 「なんて、尋ねたはるんでっか。」
【御隠居】「お釈迦さんは、ぜひとも極楽に生まれようと願いなさいと、いわれて、なんでそう願わなあかんか解るかと尋ねたはるんや。」
【熊】 「ほんで、やっぱり舎利弗はんは答えたはれへんわけでんな。」
【御隠居】「そういうとこやな。そこに『諸上善人 倶会一処』てあるやろ、それがこの答えなんや。」
【熊】 「なんちゅう意味でっか。」
【御隠居】「すぐれた聖者たちと、ともにひとところで会うことができるということや。」
【熊】 「そのひとところて、お浄土のことなんでっか。」
【御隠居】「そうや。」
【熊】 「そんなら、すぐれた聖者て、だれのことでんねん。」
【御隠居】「この前話した一生補処の菩薩のことやで。」
【熊】 「そうだっか、そうですわな。わてらなんかあきまへんわな。」
【御隠居】「この前、何聞いてたんや。お念仏に出遇うて、阿弥陀さまから信心を恵まれた人は、一生補処の菩薩とおんなじやと、親鸞聖人が明らかにしてくれはったんやでと話したやろ。」
【熊】 「ああ、そうでしたな。御隠居はん、そう話してくれはりましたな。そんなら、大丈夫だんな。」
【御隠居】「何が大丈夫なんや。」
【熊】 「いえねえ。わてはかねがね死んだおとっつぁんに、もう一度会いたいと思うてまんねん。せやから、今の倶会一処の話聞いたら、お浄土でおとっつぁんに会えるんやなと思うて。」
【御隠居】「ああ、おまはんのおとっつぁんが死んだ時には、えらい泣いとったな。せやけど、それから、おまはんは、ようお寺へお説教を聞きに行ってたやないか。」
【熊】 「へえ、おかげさんで、それからお寺と御縁がでけましてん。」
【御隠居】「そうすると、おまはんをお念仏の世界に導いてくれはったんは、おとっつぁんということになるな。」
【熊】 「そうでんな、おとっつぁんが死なんかったら、今頃御隠居はんとこんなやって、阿弥陀経を読むこともなかっでっしゃろな。」
【御隠居】「そやろ、そういうふうに見ると、おまはんのおとっつぁんは善知識ということになるな。そういう人を上善人というんや。お念仏に出遇うたことから世間を見てみると、みんなが上善人といえるねんで。せやから、お浄土は、懐かしいな、会いたいなと思うてる人と会うていける世界なんや。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【御隠居】「ここからはな、阿弥陀さまのお浄土に生まれる道を明らかにしてくれはったとこなんや。」
【熊】 「御隠居はん、いきなりなんですねん。どこでっか。」
【御隠居】「ほれ、そこに『又舎利弗』とあるやろ。」
【熊】 「え、御隠居はん、『又舎利弗』ていうても、ぎょうさんありまんがな。どこです。」
【御隠居】「ああすまん、すまん。そこのとこや。」
【熊】 「ええーと、ああ、『又舎利弗 極楽国土 衆生生者 皆是阿鞞跋致』てゆとこでっか。」
【御隠居】「せやせや、そこのとこや。」
【熊】 「御隠居はん、お浄土では潮干狩りする親子がいるんでっか。」
【御隠居】「おまはんは、また変なことを言い出すやろ。どこにそんなこと書いてるんや。」
【熊】 「ほれ、ここに、『貝でああばっち』てありまっけど、これ、子供をおこってんのとちゃいまんの。」
【御隠居】「そら、『皆是阿鞞跋致』ていうて、阿鞞跋致とはな、前にもゆうたと思うけど、お経の言葉の中には、中国語に訳しにくうて音に漢字を当てはめたもんもあるんや。これもその一つで、不退転や、不退て訳されることもあるな。」
【熊】 「不退転ていうたら、ころころ変わることでっか。」
【御隠居】「ちゃうちゃう、退かんという意味なんやで、つまり、仏さんになることに決まってる菩薩は、どんなことがあっても、迷いの世界には戻ってまうことがないということや。なんでそんなことゆうんや。」
【熊】 「なんでてゆわれても困りまっけど、政治家がよう不退転という言葉を使てまっしゃろ、せやから、ついころころ変わることかと思てしまいましてん。」
【御隠居】「なるほどな、そういわれるとそうやな。軽々しく不退転を使わんといてほしいもんや。ここでは、お浄土に生まれる人はみんな、仏さんになることに決まった不退転の人々やと、お釈迦さんは、ゆうたはるんや。」
【熊】 「へえー、それやったら、お浄土に生まれるだけで仏さんになることが決まるんでっか。」
【御隠居】「そういうこっちゃ。それを一生補処の菩薩ともゆうんや。けど、親鸞聖人はここんとこを、もっと深く読まれて、お浄土に生まれたら、そのうち仏さんになるんやのうて、生まれたらすぐに仏さんになるのんが、お念仏の教えなんやといわれたんや。」
【熊】 「なんでそんなことになりまんねん。」
【御隠居】「お念仏に出遇うということは、阿弥陀様の一人働きによって、私が仏さんにならせてもらうことやねんから、今がすでに、お浄土の菩薩方とおんなじ立場やねんでと、ゆうてくれたはるんや。」
【熊】 「へえー、わてらには、もったいない話でんな。けど、つくづくお念仏に出遇えてよかったなあと思いまんな。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「お浄土に声聞という人らがいたはるということは、わかりましたけど、ほかにはいたはりまへんのでっか。」
【御隠居】「せやな。あとは菩薩がいたはるな。」
【熊】 「菩薩ゆうたら、あの観音菩薩てゆうようなもんでっか。」
【御隠居】「これ、ゆうもんと言う人は、ないやろう。」
【熊】 「へえ、すんまへん。それでどうだんねん。」
【御隠居】「観音菩薩もそうやけど、菩薩という方はな、ほかの人を救うことを一生懸命しゃはることによって、自分も悟りを開いていこうとしたはる方や。」
【熊】 「それやったら、声聞よりも偉いでんな。」
【御隠居】「なんでや。」
【熊】 「それはでんな。声聞いうたら、仏さんの教えを聞いたはるだけでっしゃろ。そのこと思たら、菩薩さんはほかの人を救おうと働かれるんやから、菩薩さんのほうが偉いことになりますやろ。」
【御隠居】「ああ、熊はんのいうことも最もやけど、声聞も菩薩も、阿弥陀さまとおんなじ悟りを開いたはる方なんやで。せやから、どっちが偉いなんてことはないんや。」
【熊】 「そうだっか。そんなら、なんで声聞とか菩薩ていわなあかへんかったんでっしゃろな。」
【御隠居】「そうやな、お浄土、極楽とゆうても、本来は悟りということやから、私らには、とらえようない境涯なんや。せやからな、阿弥陀さまの悟りを、そのままお釈迦さんが説かはっても、私らにはわかるわけないし、そこに生まれたいとも思わんやろうな、けど、それやったら、阿弥陀さまが仏さまになられた意味が無くなってしまうやろ。」
【熊】 「阿弥陀さまが仏さまとならはった理由ていうたら、私らみんなを救いたいということでしたなあ。」
【御隠居】「そやったな。それにはな、私らがお浄土へ生まれたいなあと思えないとあかんからな、阿弥陀さまはそこで御苦労されて、今まで読んできたようなお浄土を建立されたんや。」
【熊】 「なるほど、声聞や、菩薩というても、わてらがわかるようにという阿弥陀さまのご苦労でしてんなあ。」
【御隠居】「そういうことや。さあ、これでこのお経の前半部分ていうてもええ、お浄土の荘厳の話が終わりや。」
【熊】 「はあ、さよだっか。そんなら、次に行きまひょか。」
【御隠居】「そうしよか。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「この前、極楽には鳥がいてると、御隠居はん、話したはったけど、ほかにはなんにもいてまへんのんでっか。」
【御隠居】「そやそや、鳥しかいてへんかったら、お浄土へ行ったって淋しいことやろなあ。けどな、そんな心配はいらんねんで。」
【熊】 「そんなら、べっぴんさんがいて、お酒飲んで、どんちゃん騒ぎできまんのんでっか。」
【御隠居】「前にもいうたやろ、極楽の楽ちゅうのは、そんな楽しみの楽ということやのうて、仏法を楽しむことができるという…。」
【熊】 「わ、わ、わかってまんがな、そんなむきにならんでもよろしでっしゃないか。」
【御隠居】「わかってんねんやったら、何回も話さしはんな。それでな、阿弥陀さまの極楽には、数限りない声聞のお弟子がおられるそうや。」
【熊】 「ほれ、また訳のわからん言葉を使わはりまっしゃろ。その声聞て何ですねん。」
【御隠居】「声聞というのはな、声を聞くと書いてるように、阿弥陀さまのお説教を聞かれて、その仏さまの教えを聞くことを生涯の道とされている人のことで、それはそのまま、私らにそういう生き方をしなはれと勧めてくれたはるんやで。」
【熊】 「そうだっか。仏さまの教えを聞く生き方て、そんなによろしいんでっか。わてら、そんなに聞いた事ありまへんけど、しっかり生きていけまっせ。」
【御隠居】「それはな、ほんまに求めなあかんもんを、ほったらかしにしてることなんや。熊はんは、しっかりていうけど、しっかりてどういうことなんや。」
【熊】 「毎日、食うて、寝て、仕事して、たまにはちょっと遊んで、人に迷惑かけることもおまへんし、しっかりしてまっしゃないか。」
【御隠居】「熊はん、それで一生終わって、満足出来るやろか。」
【熊】 「さあ、どうだっしゃろな。けど、今は元気で出来てまんねんから、よろしおますやろ。」
【御隠居】「そこや、熊はん。今は元気やてゆうてられるけど、病気になったら、どないすんねんな。」
【熊】 「そこでんがな、どないしたらよろしいんやろうなあ。」
【御隠居】「前にちょっと、四苦という話をしたん、覚えてるか。」
【熊】 「はあ、お釈迦さんが説いてくれはった、人間の根本の苦しみでんな。確か、思い通りにならんということを苦と言わはったんでしたな。」
【御隠居】「よう覚えてたな。四苦というのは生老病死の四つやったな。」
【熊】 「そうです。」
御隠居居 「この四つの苦しみを超えていく教えが仏教なんや。」
【熊】 「どうやって超えるんでっか。」
【御隠居】「それを、わしにまかせというてくれはったんが、阿弥陀さまや。その喚び声がお念仏なんや。せやから、お念仏するということは阿弥陀さまが解決してくれはった答えを聞いていくことなんや。」
【熊】 「そうすると、お念仏することが、仏さまの教えを聞く生き方となりまんな。」
【御隠居】「そいうことや。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「御隠居はん、阿弥陀さまは寿命無量ということも、ゆうたはりましたな。」
【御隠居】「そうや、次のとこ読んでみてくれるか。」
【熊】 「へえ、『又舎利弗 彼仏寿命 及其人民 無量無辺 阿僧祇劫 故名阿弥陀』。」
【御隠居】「おっ、そこまでや。そこに『無量無辺 阿僧祇劫』とあるのは、限りないことということやな。」
【熊】 「ああ、ここにある劫て、五劫の話で聞かせてもろたやつでんな。そんなら、阿弥陀さまが寿命無量なんでんな。」
【御隠居】「それだけやないんやで、その前に『彼仏寿命 及其人民』てあるやろ。そこは、『かの仏の寿命、およびその人民』と読むんやな。」
【熊】 「にんみんて何でっか。」
【御隠居】「ああ、にんみんていうのは、人々ということや。」
【熊】 「どこの人なんでっか。」
【御隠居】「阿弥陀さまの国の人々ということやから、お浄土に生まれた人のことやな。」
【熊】 「そしたら、阿弥陀さまがほかの仏さんと違うのは、自分だけが寿命無量になるんやのうて、わてらもお浄土に生まれると、限りないいのちを恵まれるからなんでんな。」
【御隠居】「そういうことやな。せやから、どんなもんにも邪魔されることなく、私らを救おうとはたらいて下さり、お浄土に生まれるものに限りないいのちを恵んで下さるからこそ、阿弥陀と名付けられたんやと、お釈迦さんは舎利弗はんに語ったはるんや。」
【熊】 「へえー、そうだっか。そんなら、わてらは、お浄土に生まれた時には、阿弥陀さまとおんなじ仏さまになるんでんなあ。ところで、御隠居はん、ここにも劫が出てまっせ。こっちは『正信偈』の倍の十劫てなってまんなあ。これはどういうことだんねん。」
【御隠居】「ああ、ここかいな。これはな、今は、阿弥陀さまが仏さまになられてから、十劫過ぎてるといわれてるんや。」
【熊】 「はあー、そうすると、阿弥陀さまの劫齢でんな。」
【御隠居】「なんやんねん、その劫齢というのは。」
【熊】 「いや、人間でしたら、年齢でっけど、劫が何年か解りまへんので、年齢やのうて、劫齢にしましてん。」
【御隠居】「なんや、けったいなこというな。せやけどな、生きとし生けるものを全て救えなんだら、仏にならんと願いを建てはった方が、いま阿弥陀と名乗ってくれはったんやから、私らは、間違いのない救いに出遇うことが出来たんやな。そのことを阿弥陀さまとならはった十劫の昔から、私を喚んでくれはってたんやな。」
【熊】 「そうでんなあ。それほど阿弥陀さまはご苦労してくれはったんでんな。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【御隠居】「阿弥陀さまの光明の働きは、私らの罪悪に気付かせて下さるだけやないねんで。」
【熊】 「まだあるんでっか。」
【御隠居】「そうや。私らの罪を知らせただけでは、救われへんやろ。」
【熊】 「そらそうでんな。お前は悪いやっちゃて言われただけやったら、逆に腹立ってきますもんな。」
【御隠居】「その罪悪をどこまでも滅ぼして下さって、浄土往生の邪魔にならんようにして下さるのが、光明のはたらきで、無碍光とゆうんや。」
【熊】 「そんなんやったら、わてら何やっても平気でんな。」
【御隠居】「そうやな、どんなことをやってても、お救いくださるということやけどな、せやけど、この私を救おうと、阿弥陀さまがどれほどご苦労なさってるか、聞いたことあるか。」
【熊】 「それどんなことなんでっか。」
【御隠居】「おまはん、『正信偈』は知ってるか。」
【熊】 「はあ、知ってまっせ。ちっさいときは、お勤め済まんと御飯食べさせてもらえんかったからなあ。」
【御隠居】「その始めの方に、『五劫思惟之摂受』てあるやろ。その五劫てゆうのは、時間の長さをゆうてるんやけど、途方もなく長い時間なんや。」
【熊】 「長いて、どれほどだんねん。」
【御隠居】「私らの想像でけんほどの長い時間や。」
【熊】 「せやから、長いてどれほどなんでっか。」
【御隠居】「せやなあ、お経に説かれているのはな、四十里四方の石があってな、それを3年に一遍、天女が羽衣で撫ぜるんやな。それで、その石がすりへって、無くなってしもうても、まだ一劫は終わらんとなってるな。」
【熊】 「羽衣で撫ぜるんでっか。そんなんやて、羽衣の方は擦り切れへんのんかいな。」
【御隠居】「おまはんは、また、へ理屈をいうやろ。それにな、これを実際の時間と考えたら、お経は、絵空事になってしまうねんで。」
【熊】 「そら、どういうことだんねん。」
【御隠居】「阿弥陀さまは、それ程長い時間をかけて、私を救う手立てを考えてくださったんや。それほどのご苦労をかけてるのが私らなんやし、せやからこそ、阿弥陀さまは、私らに、そのまま救うぞと言い切られたんや。」
【熊】 「へえー、そんなに苦労かけてたんでっか。そんなん聞かせてもろたら、これ以上、苦労かけるわけには、いきまへんな。」
【御隠居】「そういうことやな。それでも、私らが自分で気付いてないとこで、阿弥陀さまに心配かけて、ご苦労をかけてるんやで。」
【熊】 「そうでんな。わて、さっきいうたこと取り消しますわ。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「ところで、なんで阿弥陀と名付けられたんでっか。もしかしたら、阿弥陀くじが好きやったからでっか。」
【御隠居】「これ、また、そんなことを言う。せやけど、阿弥陀くじの由来が阿弥陀さまにあると聞いたことはあるけど、その話は今は置いとこ。それでな、阿弥陀というたらな、インドの言葉でな、ミタというのは、量るということで、量を表わしているんや。」
熊 「アはなんでんねん。」
【御隠居】「アというのはな、否定する言葉なんや。つまり、無量ということや。」
【熊】 「ただでっか。」
【御隠居】「ちゃうがな。量ることがでけへんということや。」
【熊】 「何を量ることがでけへんのでっか。」
【御隠居】「アミダの後には2つの言葉が続いてるんや。」
【熊】 「2つてなんです。」
【御隠居】「1つはアーバーとゆうて、光明と訳すんや。もう1つはアーユスとゆうて、寿命ということや。」
【熊】 「ほー、すると、光明無量、寿命無量ということになるんでんな。で、それがどないしましたんや。」
【御隠居】「どないしましたやないねんで。これは、阿弥陀さまのお慈悲に限りないことを表わして下さってるんやで。」
【熊】 「そんなことやったら、となり村のお薬師さんのお坊さんも、うちの仏さんは光明無量、寿命無量やていうたはりましたで。どこの仏さんもおんなじなんでんな。」
【御隠居】「おまはんは、知らなあかんことは知らんのに、知らんでもええことはよう知ってるな。そやけど、おまはんの言うとおり、どんな仏さんも仏というからには、みんな光明も寿命も限りなんや。けど、阿弥陀さんは、ただ限りないということではないんや。おまはん、そこんとこ読んでみ。」
【熊】 「ここでっか。『舎利弗 彼仏光明無量 照十方国 無所障碍 是故号為阿弥陀』となってまっせ。」
【御隠居】「そや、そこに『照十方国 無所障碍』となってるやろ。それは、十方の国を照らして、どんなものにも、さえぎられることがないとゆうことなんや。」
【熊】 「それにどんな意味がありまんねん。」
【御隠居】「光がさえぎられるもんに、どんなもんがあると思う。」
【熊】 「そうでんな、たてもんの中とか壁の後ろとか、眼つぶっても、さえぎられまっせ。」
【御隠居】「そうやな、眼に見える光やったらそうなるけど、阿弥陀さまの光明は、智慧の光明で、私らの煩悩にもさえぎられることなく、私の姿を照らしだし、私らの罪悪を明らかに気付かせてくださるんや。」
【熊】 「そこが、ほかの仏さんと違うとこでんねんな。」
【御隠居】「そういうことや。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【御隠居】「熊はんは、私らの御本尊の名前、知ってるか。」
【熊】 「御隠居はん、ばかにしたらあきまへんで、それぐらい、わてかて知ってまんがな。阿弥陀如来というんでっしゃろ。」
【御隠居】「そら、悪かったな。そしたら、なんで阿弥陀如来というか知ってるか。」
【熊】 「それはでんな、えーっと、だからでんな。む、むかしから阿弥陀と決まってまんねん。」
【御隠居】「ははー、そう答えるということは、知らんのやな。」
【熊】 「そういわはりまっけど、御隠居はんは、知ってるんでっか。」
【御隠居】「そら、『阿弥陀経』にちゃんと説かれたるんや。それも今熊はんに尋ねたように、お釈迦さんが舎利弗に尋ねたはるんや。」
【熊】 「そんで、舎利弗はんは、答えたはるんでっか。」
【御隠居】「いや、やっぱり答えたはれへんのや。」
【熊】 「なんや、それやったら、舎利弗はんも、わてと変わりまへんな。」
【御隠居】「答えたはれへんとこだけは、おまはんと変わりないけど、なんで答えはれへんかったんかということがちゃうんやな。」
【熊】 「どうちゃいまんねん。」
【御隠居】「ここのとこに『舎利弗 於汝意云何』とあるやろ。これは、舎利弗よ、そなたはどう思うかとお釈迦さんが尋ねはったんや。」
【熊】 「ああ、前に御隠居はんがいうたはった舎利弗に対する問いの1つでんな。」
【御隠居】「そや、それでな、舎利弗は答えずに黙っておられたんやが、」
【熊】 「それやったら、わてとおんなんじでんがな。」
【御隠居】「これ、黙って聞きなはれ。な、人が大事なことをしゃべってるのに口を挟むとしゃべりにくなるやろ。」
【熊】 「へえ、すんまへん。あっ、わかった。『阿弥陀経』に出てくる舎利弗への問いというのは、実はお釈迦さんが特に言いたかったこととちゃいまっか。」
【御隠居】「そや、ようわかったな。」
【熊】 「へえ、今御隠居はんがおこらはったんで、わかったんですわ。」
【御隠居】「そういうことなんや。『於汝意云何』という言葉に、これだけは是非説いておきたいから、よう聞いといてほしいとゆう、お釈迦さんの強い願が込められているんや。せやから、舎利弗はんは、仰せのままに聞こうと黙っておられたんや。」
【熊】 「なるほどなあ。」
【御隠居】「せやから、これからは、わしの言うこと黙って聞かんとあかんで。」
【熊】 「何言うてまんねんな。御隠居はんとお釈迦さんでは出来が違いますがな。」
【御隠居】「これ、口の減んやちっなあ。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より


