熊はんと御隠居が読む阿弥陀経:その18
【熊】 「極楽ちゅうとこは、毎朝、お勤めすんのが楽しなんのは、解りましたけど、それだけでっか。」
【御隠居】「いや、それだけやないんやで。極楽では、様々なことが仏法を楽しむ縁になるんや。」
【熊】 「例えば、どんなことがあるんでっか。」
【御隠居】「そやな、極楽には色んな鳥がいると、説かれててな。」
【熊】 「どんな鳥がおるんでっか。」
【御隠居】「白鵠、孔雀、鸚鵡、舎利、迦陵頻伽、共命鳥がでてるな。」
【熊】 「孔雀、鸚鵡は知ってまっけど、後のんは、わかりまへんな。そやけど、変でんな。」
【御隠居】「なにがや。」
【熊】 「せやって、そうでっせ。前に、お説教聞いてたら、お浄土は迷いを越えた場所やから、地獄、餓鬼、畜生の苦しみを受けることはないんやて、ゆうたはりましたで。せやのに、鳥いうたら畜生でっしゃろ。極楽と浄土て違うんでっか。」
【御隠居】「熊はんは、時々えらいことをいうな。確かにせやな。極楽と浄土は同じことや。せやのに、鳥がおるというのは、おかしいこっちゃな。それはな、お釈迦さんが、この鳥たちは悪いことをした報いで鳥になったんとちゃうというたはるんや。」
【熊】 「ほな、なんでおるんでっか。」
【御隠居】「そらな、私らは鳥を見て、かわいいなと思い、鳴き声を聞いたらええなと思うやろ。」
【熊】 「そうでんな、鳥のさえずりを聞くと心安らぐというか…。」
【御隠居】「そやそやそれや。その私らの気持ちに応じて、阿弥陀さまが姿を変えて、仏法を説いて下さるんや。そよ風で木の葉が揺れる音さえも仏法を説くんやな。」
【熊】 「へえー、葉っぱの音て、がさがさとしか聞こえまへんけど、それが仏法と説く音に聞こえるんでっか。」
【御隠居】「そうや、まるで、いっときに百千種類もの音楽を奏でてるような響きなんや。」
【熊】 「せやけど、そんなんうるさいでっせ。」
【御隠居】「それがな、うるそう感じへんのが、極楽ということなんや。それどころか、その音を聞くと、自然に仏さまを敬う気持ちになるんや。」
【熊】 「そうすると、極楽というのは全部が仏法ということになりまんな。」
【御隠居】「そうやな。こうまでして、私らにお浄土に往きたいと思わせようという阿弥陀さまの願いなんやろうな。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【御隠居】「ところで、熊はん、あんた毎朝仏さんの前でお勤めしてますかいな。」
【熊】 「してまへん。」
【御隠居】「何胸張っていうてますんや。せめて、お念仏ぐらいせなあかんで。」
【熊】 「そういいまっけどな、朝いうたら一分でも惜しいぐらい忙しいでっせ。うちのかかあも、はよ仕事行けて、うるそういいまんねん。」
【御隠居】「なんで、そんなに忙しいねんな。その分、はよ起きたらよろしいねん。」
【熊】 「そら、わかってまっけどな。やっぱり眠いもんは、眠い。」
【御隠居】「この前な、極楽の楽の意味を話したやろ。覚えてるか。」
【熊】 「はあ、ええーと、確か法楽楽やていうたはりましたな。」
【御隠居】「そや、あれは、仏法を楽しむ楽やったわな。それを具体的にゆうたら、朝起きてお勤めすることが、辛いことやのうて、楽しみになるんや。」
【熊】 「へえー、極楽でも朝晩あるんでっか。そんなんどこにでてますねん。」
【御隠居】「ここに『清旦』とあるやろ。これはすがすがしい朝を迎えるということなんや。」
【熊】 「はあ、わてかて、朝は気持ちように目が覚めまっせ。」
【御隠居】「その後が肝心なんや。おまはんは、その後、ばたばたして、仏さんの前に座ることもせえへんのやろ。」
【熊】 「めんぼくない。」
【御隠居】「極楽ではな、朝御飯までに、あちこちの十万億の仏さんを供養してくることが出来るんや。」
【熊】 「へえー、それが辛うのうて、楽しいんでっか。」
【御隠居】「そや、この世の中は、仏法聴聞しようと思ったら、けっこうしんどいこっちゃと思てしまうやろ。」
【熊】 「そうでんな。おこられますやろけど、やっぱり仏法聴聞より、お酒飲んでるほうが楽しいですわな。」
【御隠居】「正直なやっちゃな。けど、それはなんでか、わかるか。」
【熊】 「さあー、なんででっしゃろなあ。」
【御隠居】「それはな、煩悩があるからなんや。」
【熊】 「あっ、子供可愛がるやつ。」
【御隠居】「そりゃ、子煩悩とゆうて、煩悩の意味からでけた言葉や。煩悩ちゅうたらな、自分が一番かわいいと思て、自分の都合だけで物事を考えていくことや。」
【熊】 「あー、それやったら思い当たりますわ。うちの子が学校で誉められたて聞いたらうれしなりまっけど、あの大工の徳さんの子が誉められたて聞いたら、なんであんなガキが誉められよんねんなと、腹立ってきまんねん。ほんまやったら、喜んだらなあかんのにな。」
【御隠居】「それやそれや、その煩悩が無くなるのが極楽というとこなんや。せやから、私らが、今楽しい大事なことやと思てることが、仏法が一番大事やっちゅう気持ちに入れ代わるんや。せやから、お勤めも一向苦にならんと、楽しいことになるんや。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「御隠居はん、極楽には池があるていうたはりましたな。」
【御隠居】「そや、あるで。」
【熊】 「そしたら、水もあるんでっか。」
【御隠居】「ああせや、言うのん忘れとったな。その池の水ゆうのんがな、八功徳水というてな、8種類の功徳のある水なんや。」
【熊】 「そうでっか、そしたら、裏のおとらばあさんが、お浄土へいったじいさんが、喉乾かしたらかわいそうやゆうて、毎朝お茶をお仏壇にあげたはるけど、あんなん、いらんこってすな。」
【御隠居】「そういうことやな。もしかしたら、そのじいさん、かえって迷惑しとるかもしれんで。」
【熊】 「そんなら、門徒はお仏壇に水を供えまへんのか。」
【御隠居】「いや、そんなことないで、華瓶てゆうてな、花瓶の小さいのんに、青い葉っぱを差してんのん、見たことあるやろ。私とこも、そうなってるさかい、一遍見てきてみ。」
【熊】 「ああ、ありまんな、けど、それやったら、お茶でもよろしいやんか。」
【御隠居】「いや違うんや。あれは、香水というて香りの水をお供えしてますんや。」
【熊】 「そうだっか。わてはずっと、あんなんでは、仏さん飲むのん不便やなて思てましてん。」
【御隠居】「さて、水のことは、そのくらいにしといて、その池にはな、蓮の花が咲いてるんやけど、それが、青色の花は青い光を、黄色の花は黄色の光を、赤色の花は赤い光を、白色の花は白い光を放ってて、ええ匂いがしてるんや。」
【熊】 「それがどんな意味になってるんだっか。」
【御隠居】「極楽というところはな、みんなが平等なんや。けどな、平等というても、みんな同じということやないねんで。」
【熊】 「それ、どういうことでんねん。平等てみんないっしょになることやないんでっか。わての子供のとき、兄貴のほうが小遣い多い、そんなん不公平や、平等にしてくれいうて、ようおっかあに文句ゆうてましたで。」
【御隠居】「そやな、普通はみんな同じになるんが平等やと思うてるな。けど、そうなったら一人ひとりの持ち味がのうなってしまうで。振り向いたら、みんなおんなじ顔やったら気持ち悪いで。」
【熊】 「そうでんな、だれがだれやわからんようになりまんな。」
【御隠居】「極楽の花がそれぞれの色を持ちながら、光を放ってるのはな、色というのはそれぞれの個性を表しているんや。それが光り輝いてるというのは、その個性を精一杯発揮できるということや。それで、光というのは、いろんな光が集まると無色透明になるんや。つまり、個性が最大限生かされながら、平等やということを極楽の花で表して下さってるんや。」
【熊】 「そうだっか。この世の中もそうなったらよろしおまんなあ。」
【御隠居】「せやな。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【御隠居】「熊はん、極楽には池もありまんねんで。」
【熊】 「ほー、さよか、それでどんな池でんねん。」
【御隠居】「七宝の池となってるな。」
【熊】 「七宝て、七宝焼きで出来てまんのか。」
【御隠居】「いや、そうやないんや。七宝というのは、七つの宝のことで、七宝焼きというのは、その七つの宝に似せたほうろうの焼きもんのことやと思うで。」
【熊】 「そしたら、その七つの宝とは、何と何ですねん。」
【御隠居】「せやな、金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・玻瓈(はり)・硨磲(しゃこ)・赤珠(しゃくしゅ)・碼碯(めのう)がそやな。」
【熊】 「金・銀・瑠璃はわかりまっけど、あとのんは知りまへんで。」
【御隠居】「昔の言い方してるもんもあるからな。瑠璃というのは青色の宝石、玻瓈というのは水晶、硨磲は、車入れるとこちゃうで。」
【熊】 「そんなことぐらいわかってまっせ。御隠居はんもおもろいこといいまんな。で、硨磲てなんでんねん。」
【御隠居】「硨磲は白珊瑚のこと、赤珠は真珠。」
【熊】 「へえー、宝石好きな人やったら、たまりまへんな。」
【御隠居】「それだけやないで、その池の底は、黄金の砂が敷き詰められてて、その池の四方には金・銀・瑠璃・玻瓈で出来た階段みたいなもんがあって、その上には七宝で飾られた建物があるんや。」
【熊】 「まあー、宝石のオンパレードやな、そんなにたくさんあったら、値打ち無くなりまんな。」
【御隠居】「それや、熊はん。極楽いうたら、前にもいうたように、物で満足するんやのうて、仏法を楽しむようになるんやったな。普通やったら、宝石欲しいと思うようなもんでも、あきるほどあった、欲しいとは思わんようになるやろ。」
【熊】 「そうでんな。金でもちょっとしかないから、欲しいと思うけど、砂のように敷き詰めたら、そんなん持っててもしゃあないでんな。」
【御隠居】「そうなるやろ、極楽というのは、私らが煩悩から起こす願いを、我慢して捨てなさいというようなことやないねん。そんな願いを起こすことが馬鹿らしなってくるということや。そうすると、おのずと煩悩もなくなるわな。」
【熊】 「なるほど、そうなると、極楽て、阿弥陀経には宝石で散りばめられてるように説かれてるけど、結局、私らを煩悩から解放させてくれるはたらきなんでんなあ。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【御隠居】「『又舎利弗 極楽国土 七重欄楯 七重羅網 七重行樹』というとこから、しばらくは、極楽の飾りたてられた様子が説かれているんや。」
【熊】 「七重が3回出てきまっけど、これは何です。」
【御隠居】「欄楯というのは、垣根のことで、極楽の建物は色々な宝石で出来た垣根が張り巡らされているということやな。次の羅網というのは、宝石で出来た網のことで、極楽の空にはそういう網がかかっているそうな。そして、行樹というのは、街路樹のことで、これまた、色々な宝石で出来てるということなんや。」
【熊】 「はあー、さよか。で、七重とはどういうことなんでっか。」
【御隠居】「何聞いとんのや。だからな、欄楯というのはな、」
【熊】 「あー、御隠居、さては七重の意味知らはりまへんねんな。」
【御隠居】「そういう熊はんは、知ってるんかいな。」
【熊】 「これはでんな。もうちょっと、うしろのほうに出てくる『七菩堤分』に通ずる言葉なんでっせ。」
【御隠居】「ほー、それで、その『七菩堤分』てなんちゅうこっちゃねん。」
【熊】 「『七菩堤分』ていうのはでんな、悟りを得るために役立つ7つの行法のことですわ。極楽というとこは、私らが思てるような楽が出来る世界なんではのうて、あらゆる人を悟りに向かわしめる世界なんでっせ。」
【御隠居】「なるほどなあ、ということは、ひらとう言うと、私に仏法を楽しませようとされる阿弥陀さまの手だてということなんやろな。しかし、熊はんの今の話は、なんやぎこちないな。」
【熊】 「あれ、ばれましたか。実は、この前の法事の時にお坊さんが話してはったことを、どういうわけか、ここだけ、手帳に書いてましたんや。それ、こそって見てましてん。」
【御隠居】「そやったんか。けど、何でここだけ書いてたんや。」
【熊】 「なんででっしゃろなあ。自分でもはっきりわからんのやけど。けど、極楽がほんまにそうなってんねんやったら、うっとおしいでっせ。そうでっしゃろ、垣根は七重になってるわ、空見たら、網が七重にかかったるわ、街路樹は七重に生えたるわで、ごちゃごちゃしてまっせ。せやから、これにもちゃんと意味あるんやろなと思ってたんでっしゃろな。そしたら。七重は七菩堤分に通じるといわはったから書き留めたんやと思いますわ。」
【御隠居】「なんや、最初は、くそ坊主がぐたぐたぬかした、なんてゆうてたけど、ちゃんと聞いてたんやないか。」
【熊】 「へへ、ちょっとだけでっけどな。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「極楽いうたら、楽の極まったと書きまんな。」
【御隠居】「なんや、熊はん。いきなり、何いうねんな。」
【熊】 「いや、わて植木屋でっしゃろ。」
【御隠居】「今頃、何いうてんねんな。せやから、私とこにも来てもらうようになって、こうやって、2人で阿弥陀経を読むようにもなったんやないか。」
【熊】 「いや、そうでんねん。それでね、植木屋いうたら、天気に左右されまんねん。今年の夏は、雨ばっかりでしたやろ。」
【御隠居】「そやったなあ。梅雨が明けんままに夏が終わったようなもんやったな。けど、それがどうしたんや。」
【熊】 「それがどうしたて言われたら言いにくいことなんでっけど。雨やったら、仕事行けしまへんやろ。それで、家でゴロゴロしてたら、うちのかかあがいつまでゴロゴロしてるんや、仕事いっといでとどなりますんや。極楽行ったら、思う存分ゴロゴロ出来るんでっしゃろなあ。楽が極まるんでっさかいに。」
【御隠居】「なんや。回りくどい言い方して。結局、さぼりたいていうことなんやろ。」
【熊】 「まあ、結局そういうことなんでっけど、ほんまに極楽行ったら、気兼ねなしにゴロゴロ出来るんでっしゃろか。」
【御隠居】「熊はん、それは楽の意味違いや。極まりというのは、越えてるということなんや。つまり、この世の苦楽を越えた楽を受けていくことが、極楽ということなんや。」
【熊】 「へっ、この世の苦楽を越えた楽て、どういうことなんでっか。」
【御隠居】「それはな、七高僧の3番目の曇鸞大師が、楽には3種類あるとゆうたはるな。」
【熊】 「3種類の楽でっか。」
【御隠居】「そや、先ず、外楽というて、美味しいもん食べたり、上等な服着たり、ええ家に住んだりするような外側の楽しみのことや。次に、内楽というて、これは精神的な楽しみということやな。それで3番目が極楽の楽のことやけど、それを法楽楽というて、仏法を身に得た楽しみで、これは阿弥陀さまの功徳によって得られ、悟りの智慧から生まれてくるとゆうたはるな。」
【熊】 「なんや、ややこしいことでんな。それどいうことだんねん。」
【御隠居】「せやな、どういうたらわかるかな。」
【熊】 「どう聞いたらわかるかな。」
【御隠居】「これ、なぶるんやない。えーっとな、本当の楽しみや幸せというのはな、物によって得られるもんでもないし、心の持ちようでもないんや。どんな場合でも、楽しみや幸せが感じられる身になることなんや。それが法楽楽ということなんや。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「次のとこに、『其土有仏 号阿弥陀 今現在説法』てありまっけど、今、現在説法してるって、阿弥陀さんがでっか。」
【御隠居】「そや、そのことは、お浄土の様子のとこで、出てくるやろうから、今は置いとこか。」
【熊】 「ほな、その次でんな。また舎利弗とありまっせ。ほんまによう出てきまんな。」
【御隠居】「そうやな。ここでは、お釈迦さんが舎利弗に尋ねたはるんや。舎利弗よお前はどういうわけか知ってるかというてな、次々と5回も尋ねたはるんやで。」
【熊】 「そら、舎利弗さん、大変でしたな。それで、ここではどんなこと尋ねられはったんでっか。」
【御隠居】「なんで、阿弥陀さまのお浄土を極楽というかわかるかと尋ねはったんや。」
【熊】 「もちろん舎利弗さんは答えられまへんねやろ。」
【御隠居】「そやな。せやから、お釈迦さんが自分で、阿弥陀さまのお浄土にいる人達は、もろもろの苦がのうて、もろもろの楽を受けるから極楽とゆうやと答えたはるんや。」
【熊】 「もろもろの苦て、どんなもんなんでっか。」
【御隠居】「それはな、七高僧の6番目の源信和尚が、『往生要集』というお書物の中に、四苦八苦やというたはるな。」
【熊】 「四苦八苦いうたら、生老病死と、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦のことでっか。」
【御隠居】「よう知ってたな。」
【熊】 「へえー、この前、お寺に行ったら、そんな話してはりましたわ。」
【御隠居】「それを覚えてたとは感心やな。それで、どういうことやねん。」
【熊】 「へへへ、それは…。」
【御隠居】「なんや、それではあかんやないか。四苦八苦をな、一言で言うと、自分の思い通りにならんという苦しみや。」
【熊】 「それやったら、極楽というのは、なんでも思い通りになるんでっか。」
【御隠居】「そういうことになるな。あっ、熊はん、又よからんこと考えてるんちゃうか。残念ながら、極楽に生まれるということは、煩悩が無くなったということやから、今考えてるようなことは考えんようになるんや。それで、どんななるかは、この先読んでいったら、わかるわ。」
【熊】 「御隠居はんにかかったら、かないまへんな。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【御隠居】「聞き手のことだけで、えらい長い話になってしもうたな。」
【御隠居】「そうでんな、けど、お経というのは聞き手の顔ぶれだけでも深い教えがあるんでんな、わて感心しましたわ。」
【御隠居】「ほんまにそやな。そのことがわかっただけでもえらい進歩やな。こうやって読んでみると、なんぼでも考えさせられることがあるもんやな。さて、いよいよ、どんなことが説かれてるんか、読んでいこか。」
【御隠居】「そうでんな。ああここからでんな。あーあるある。いきなり、さっきゆうてた『長老舎利弗』がありまっせ。『爾時仏告 長老舎利弗 従是西方 過十万億仏土 有世界 名曰極楽』となってまんな。」
【御隠居】「そや、ここでいきなり、お浄土がどこにあるかということをゆうたはるんや。ここから西に、十万億仏土過ぎたとこに世界があって、そこを極楽というということや。」
【熊】 「ああ、わて知ってまっせ。この前新聞に、十万億仏土の距離を計算した人がおると、出てましたわ。えーっと確か、十京光年やったと思いますで。十京て0が17並んでましたわ。光年というのは光が1年かかって進む距離でっしゃろ、それでその先生は、結局お浄土は心の中にあるんや、ていうたはりましたなあ。」
【御隠居】「そんなこと新聞に出てたか。それで熊はんは、どう思うんや。」
【熊】 「そうでんな、お浄土が心の中にあるとしたら、なんで、お経に西方といわれてるんでっしゃろな。」
【御隠居】「それや熊はん、ええこと言うやないか。心の中やったら、西方てなことゆわんでもええはずやわな。せやのに、わざわざ西方てゆうたはるな。」
【熊】 「そうでんがな。」
【御隠居】「これはな、私の人生の方向といのちの帰る場所があるということを、西で表わしてくれはったんやろな。」
【熊】 「はあー、そうでっか。けど、なんで西でないとあきまへんねん。東も北も南もありまっせ。」
【御隠居】「熊はんがおかしがるのも当然やな。西という字はな、鳥が巣の上で休んでる様子を表したもんやと聞いたことがあるんや。鳥は、お日さんが沈むころに巣に帰るやろ、そんなとこから、西というのは、全てのもんの帰りつくとこということやし、安らぎを表わしてるんやろなあ。」
【熊】 「そうだっか。そういや、秋に夕日を見てたら、なんや寂しい気もするけど、落ち着きますわなあ。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【御隠居】「さて、このお経の聞き手は、ほかにも菩薩方や、諸天がおられたそうや。」
【熊】 「ほんま、たくさんの人が聞かれたんでんな。それで、その中の誰に聞かそうと思わはりましたんです。」
【御隠居】「そこや、熊はん。お経というのは、たくさんのお弟子が聞かれたんやけど、お釈迦さんは、その中でも、この人に聞かそうと選ばれるんや。それが阿弥陀経では、舎利弗やったんや。」
【熊】 「どこでそんなんわかりまんねん。」
【御隠居】「このお経は、全部で漢字千八百五十七字しかないんやけど、その内で38回も名前が出てくるんや。それも36回がじかに呼び掛けたはるんや。」
【熊】 「へえー、こんな短いお説教の間に、そんなに呼ばれたら、うっとおしなりまんな。」
【御隠居】「そやけど、ただ呼ばはったんとちゃうねんで。そこには深いお釈迦さんの思召しがあるんや。」
【熊】 「それはどんなことだっか。」
【御隠居】「舎利弗というお方は智慧第一といわれたお方やろ。」
【熊】 「そら、さっき話してくれはりましたな。それがどないかしたんでっか。」
【御隠居】「その36回呼び掛けたはる中に、5回問いかけがあるんや。舎利弗よ、これはなぜかわかるか、というふうにな。これはどういうことかというと、私らは人の話を聞く時には自分の意見を挟んでるやろ。」
【熊】 「そうでんな、自分の都合のええ話は覚えてまっけど、自分に都合の悪いことは聞きまへんな。」
【御隠居】「そやろ、けど、この阿弥陀経に説かれた、お浄土の話や阿弥陀さまの話は、私らの考えや意見で、自分の都合のええように聞くもんやないとゆうことを、智慧第一の舎利弗やっても答えられんかったということで、教えて下さってるんや。」
【熊】 「そんなら、舎利弗があほでわからんかったというんやのうて、わてらに聞き方を教えてくれはったんでんな。」
【御隠居】「そうやな、そういただくんがええな。それに智慧第一といわれた舎利弗であっても、黙って頭を下げて聞くほど、尊い教えが説かれたということなんや。」
【御隠居】「またな、その後にも菩薩方が聞かれてたとゆうたやろ。その中に文殊菩薩もおられたんや。」
【熊】 「ああ、ここの『文殊師利法王子』というのがそうでっか。」
【御隠居】「ああ、そやな。熊はんは文殊菩薩って知ってるか。」
【熊】 「ええ、知ってまっせ。確か智慧の菩薩でんな。ほれ三人寄れば文殊の智慧と言いまんがな。」
【御隠居】「そやそや、よう知ってるな。その菩薩も聞き手になってるということは、人が得られる最高の智慧を超える智慧をもたれている菩薩であっても、ただ聞くばかりのお説教やったんや。」
【熊】 「そんなすごいお説教を今聞かせてもらうやなんて、すごいことでんな。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より
【熊】 「ほかにはどんな人がいたはるんでっか。」
【御隠居】「摩訶目犍連も十大弟子のお一人や。熊はんは、お盆の由来を知っていますかいな。」
【熊】 「知ってまっせ。餓鬼道に落ちてたお母さんをお釈迦さんに教えてもろた方法で、救わはったことが由来でっしゃろ。」
【御隠居】「そや、よう知ってるな。その話に出てくる方が摩訶目犍連や。この方は、神通第一と言われたんや。」
【熊】 「何です、その神通第一って。赤ちゃんを産むのが上手やったんでっか。」
【御隠居】「またあほなことを言う。そら、陣痛やないか。神通とはな、不思議な力のはたらきのことで、行きたいとこに自由に行けたり、人の考えてることがわかったり、普通では見たり聞いたりでけへんことが出来たりするんや。」
【熊】 「そら便利でんな。女湯ものぞきに行けまんな。」
【御隠居】「そら無理や。この力は正しい智慧を身に付けたもんにしか備わらんのや。おまはんみたいに、不純な考えを持つもんには、到底得られんもんや。」
【熊】 「さよだっか、そら残念な。ところで後は、どんな人がいたはりまんねん。」
【御隠居】「摩訶迦葉は頭陀第一、摩訶迦旃延は議論第一。摩訶倶絺羅は得解第一。離婆多は舎利弗の末の弟で、難陀は調伏諸根最第一、阿難陀は多聞第一、羅睺羅は密行第一、憍梵波提は解律第一、賓頭廬頗羅堕は獅子吼第一、迦留陀夷は教化第一、摩訶劫賓那は比丘を教誡すること第一といわれ、薄拘羅は長寿第一、阿
楼駄は天眼第一といわれたんや。」
【熊】 「ようー一遍にいわはったな。ひい、ふう、みい…、あれ一人足りまへんで。」
【御隠居】「あれ、そうやったかいな。あれやろこれやろ、ああ、一人大事な人を忘れてたわ。周利槃陀伽という人や。この人は物忘れのひどい方でな。それで忘れたわけやないんやけど、茗荷の由来になった人なんや。」
【熊】 「茗荷て、あの食べる茗荷ですかいな。」
【御隠居】「そや、あれはどんな字を書くか知ってるか。」
【熊】 「ええーと、名前の名の上に草かんむりをつけたんと、荷物の荷やったかな。」
【御隠居】「そうやな。この人はな、自分の名前かて忘れてしまうほどやったから、名前を書いた札を首からぶら下げてたらしいんやな、それで周利槃陀伽を茗荷と訳したやそうや。」
【熊】 「そんな人でもお釈迦さんのお弟子になれたんでっか。」
【御隠居】「それがな、ほかのお弟子が、お前はお釈迦さんの面汚しやいうて、追い出そうとしたんや。それで悩んでるとこへ、お釈迦さんが『塵を払い、垢を除く』と言いながら、掃除をしなさいと教えたんやな、それで悟りを開かれたんや。」
【熊】 「なんやそんなんやったら、誰でもできまんがな。」
【御隠居】「そう思うやろ、ところが、周利槃陀伽は、そのことで塵、垢というのは、心の中の煩悩ということに気付かれたんや、おまはんやったら、あのかみさんがこわあてするのが関の山やろ。」
【熊】 「ご隠居はんは、うちの家の事を見抜いたはりまんな。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より


