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頑張れという言葉

 頑張れという言葉は、相手を励ましていくとてもいい言葉であります。しかし頑張れと励まして、頑張れる人はいいけど、頑張れない人にはとても虚しいものでしょう。

 頑張れは、頑張れない人を否定する言葉でもあるのです。

 以前、家内が長い間病気で入院していた時、私が、「頑張れ」と言ったら、「何を頑張れというの」と怒られました。頑張れという言葉には、頑張らない人は駄目なんだという響きがあります。

 また頑張って頑張っていても、緊張はいつまでも続くものではありません。頑張れなくなった人に、私たちはどう励ましたらいいのでしょうか。頑張ろうにも頑張れない人もいるのです。その人に対して、頑張れというとますます落ち込んでいきます。

 国立岡山病院の駒沢勝先生は、新聞に「仏教に同治と対治という考え方があり、対治とは例えば氷で冷やして熱を下げること。同治とは逆に温めて汗をかかせ熱を下げること。また悲しんでいる人に『悲しんでも仕方がない、元気を出せ』と励まして立ち直らせるのは対治。一緒に涙をし、共に悲しんで人の心の重荷を降ろさせるのが同治。治療にあたってどちらがよい効果をもたらすかといえば同治。対治が現状の否定であるのに対して、同治は現状をあるがままに受容するからだ」とのべておられました。

 もし仏さまが私たちに、「頑張ったら救ってあげる」と言われたら、到底私たち凡夫は救われないでしょう。阿弥陀さまは、少しの条件や注文つけず、「頑張ったら救う」といわれず、「どんなことがあっても、そのままのあなたをそのまま救うよ」とあたたかくよびかけられています。

 そのままの私を認めてくれるものに遇うことによって、苦しみの中でも生き抜くことができるものです。

『聞法(1993(平成5)年7月15日発行)』(著者 : 不死川 浄)より

 お彼岸とは春分、秋分の日をはさんで前後一週間の期間をいいます。昔のカレンダーには期間が書かれていたそうですが、今は、春分、秋分の日だけが休日として書かれているだけです。だから、最近では、お彼岸の本当の意味がわからずに、ただ休日だと思っている人もいるそうです。

 お彼岸というのは、インドの古い言葉の「パーラミター」が語源です。それが中国に入り、その発音を漢字に直して「波羅蜜」と言われるようになりました。その意味は「到彼岸」といい、迷いの世界を渡り、さとりの彼岸に至るという意味です。

 迷いの世界とは、言うまでもなくこの世の中です。こう言うと、そんなはずはない、生活はほどほどに贅沢ができるようになったし、平均寿命ものびたし、楽しい娯楽もたくさんあるのに、なぜこの世の中を迷いの世界と言うのかと言われる方もおられると思います。

 しかし、そのような幸せは、いつ崩れるかわかりません。次の瞬間には崩れ去り、不幸のどん底に落ちるかもしれないのが、この世の中です。

 つまり生きるために必要だと思っていたものが、全て力を失い、無駄になってしまうことがあるのです。それは、死です。あれだけ世話をしてくれた両親が死んでいく、目の中に入れても痛くないと思っていた子供が死んでいく、そして、誰よりも大丈夫と思っていた自分が死んでいきます。

 人間は、動物の中でも唯一、死を自覚する動物であると言われます。しかし、それと同時に、死をごまかす動物でもあります。けれども、死を考えないようにしたり、遠ざけたり、ごまかそうとしても、それは、死を解決したとはいえません。死を直視し、超えていく道を求めることこそ、死を解決することであり、それは、同時になぜ生きているのかということの回答でもあるのです。

 おまえの生死を超えていく道はここにあると明らかにしてくださり、喚び通しに喚んでくださるのが、南無阿弥陀仏です。そして、その南無阿弥陀仏のことを聞かせていただくのが、浄土真宗のお聴聞です。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

 2月には涅槃会があります。涅槃会というのは、お釈迦さまが入滅された日を御縁として勤められる法要のことです。

 お釈迦さまは、29歳で出家され、35歳で悟りを開かれ、以来45年間、み教えを説かれ、80歳で入滅されました。日本では2月15日を入滅の日としています。

 今、入滅という言葉を使いましたが、私たちが死んでも入滅という言葉は使いません。入滅とは、滅度に入るということでお釈迦さまが亡くなられたとは言わないで、入滅とか涅槃に入られたと言います。

 それでは、滅度とは何かといいますと、涅槃と同じ意味で、インドの古い言葉の「ニルヴァーナ」の発音に漢字を当てはめたものです。元の意味は、火を吹き消すということだそうです。

 つまり、煩悩の火を吹き消した状態を涅槃といい、仏様の悟りの境地のことを言います。それを中国語に訳したのが滅度ということです。そうしますと煩悩をなくすことが仏になるということになります。

 煩悩を一言で言いますと、自分勝手ということじゃないでしょうか。私は自分の都合で周りのものを見、都合のいいことを好み、喜び、都合の悪いことを嫌い、腹を立てています。しかも、いつまでたっても煩悩をなくすことができません。そればかりか、ますます煩悩の炎を燃やしていきます。

 親鸞聖人は「阿弥陀如来さまは私たちのことを煩悩具足の凡夫と見抜いて下さったのですよ」と教えて下さいました。そして阿弥陀如来さまは「あなたが煩悩具足だからこそ、この阿弥陀如来が如来自身の力をもって、必ず救う」と誓って下さいました。その誓いが力となって現れて下さったのが、名号です。

 つまり、私たちの煩悩が救いのさまたげにならない力強い如来になりましたということが南無阿弥陀仏ということになるのです。だからこそ、「煩悩を断ずることなく、涅槃を得る」と親鸞聖人はお正信偈にうたわれたのです。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

 蓮如上人のお言葉を集めた『蓮如上人御一代記聞書』の一番最初に、
「勧修寺村の道徳、明応2年正月1日に御前へまいりたるに、蓮如上人、おおさせられそうろう。道徳はいくつになるぞ。道徳、念仏もうさるべし。~」
 というお言葉があります。これは、勧修寺村に住んでいた道徳という人が蓮如上人の元へ年始の挨拶に来られたときのことです。

 道徳という人は、日頃から蓮如上人の教えを受けて、お念仏を喜ぶ人だったようです。しかし、正月早々からお念仏申すことをはばかられ、きっと「あけましておめでとうございます。」というような世間的な挨拶をされたのでしょう。

 その道徳に蓮如上人は、「道徳はいくつになるぞ。道徳、念仏もうさるべし。」とおっしゃったのは、元旦だからといって遠慮することはない、お念仏申しなさいということなのです。

 これは、世間の慣習に流されることなく、お念仏を私のよりどころとしなさいということなのでしょう。

 これで思い出されるのが、同じく『御一代記聞書』にあります
「仏法をあるじとし、世間を客人とせよ」
という蓮如上人のお言葉です。

 私たちは、つい真宗ではそうだろうけど、世間の目を気にして、世間がするようにしておくほうが、当たり障りがないといって、世間に流されていることがよくあります。それでは「世間をあるじとし、仏法を客人」としていることです。そして、その世間に迷わされ、悩みを増やしているのではありませんか。

 阿弥陀如来さまは、そのような私に向かって「必ず救う。私にまかせよ」と喚び通しに喚んで下さっています。

 お念仏申すということは、私の全人生を南無阿弥陀仏の六字にまかせることです。それが「仏法をあるじとする」ということです。蓮如上人の元旦のお言葉にあります道徳を自分の名前に置き換えて、もう一度よく考えてみたいものです。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

 12月8日には成道会(ジョウドウエ)があります。成道というのはお釈迦さまが、さとりを開かれたことをいいます。

 お釈迦さまは、29歳で出家され、それから6年間、苦行をなさいました。それはとても難しいものでしたが、肉体を苦しめる行をしても、さとりを開くことができなかったのです。それで、苦行を捨てて、瞑想に入り、49日目の早朝、さとりを開かれたのです。それが12月8日に当たります。

 お釈迦さまは、老・病・死という人生の苦悩の解決を求めて出家なさいました。これは、言い換えると、生死問題の解決を求めてということになるでしょう。

 人は、なぜ死んでいくのか、死んでいくのになぜ生まれてくるのか、この人生にどんな意義があるのか。私たちはそういうことを一切知らされずに生まれてきます。そして、一生涯知らずにむなしく終わっていかなければならないかもしれません。

 お釈迦さまは、その生死問題を因果と縁起の法を発見され、解決なさいました。しかし、私たちは自分の生死問題にもかかわらず、そんなことには一向耳を貸さずに、好きや嫌いや、勝った負けた、儲けた損したと目先のことばかり追い求め、愛と憎しみに明け暮れています。

 そういう私たちの姿を悲しまれ、あなたの生死問題を既に解決して下さり、南無阿弥陀仏と喚び通しに喚んで下さる仏さまがおられますよと教えて下さったのが、お釈迦さまなのです。

 私は何のために生まれてきて、人生を過ごし、どこへ行くのかまったくわからずにいます。その私に向かって、あなたは阿弥陀如来という本当の親に出遇うために生まれ、人生を過ごし、本当の親の家であるお浄土に還っていくのですよと喚ばれることによって、私の人生の進路が明らかになり、死がむなしい終わりではなかった、お浄土へ生まれていく機縁であると味わわれるのです。

 お釈迦さまが成道されたおかげで、今私は、生死問題の答えであるお念仏に出遇えたのです。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

 11月ぐらいから、あちらこちらのお寺で報恩講が勤められます。それをお取り越し報恩講といいます。これは、御本山の御正忌報恩講に先立って、各お寺でお勤めし、御正忌は、ご本山にお参りしようということなのです。

 そんな面倒くさい、御本山でお勤めがあるのなら、それだけでいいじゃないかとおっしゃる方がおられたら、報恩ということについて、少し考えていただきたいものです。

 報恩とは、恩に報いるということですね。恩に報いるということは、私が何かの恩を受けたからです。どんな恩かといいますと、私にお念仏を届けて下さった恩です。では、だれが届けて下さったのでしょうか。親鸞聖人は、歎異抄に

 「弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈虚言したまうべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもてむなしかるべからず候うか。」

と親鸞聖人御自身に伝わったお念仏の道筋を語っておられます。

 親鸞聖人には、阿弥陀如来さまが「必ずあなたを救う」と誓われて、南無阿弥陀仏というお念仏になって下さったことを、お釈迦さま、七高僧の代表として善導大師、そして、直接のお師匠様である法然上人によって伝えてくださったことがよくわかります。

 それに続けて、私まで考えてみますとどうなるのでしょうか。親鸞聖人まで届けられたお念仏を私の御先祖は、それこそ命をかけて、子孫に残そうと努力され、今私に伝えて下さいました。その御恩に報い、感謝して、報恩講を勤めるのならば、何度お勤めしても、しすぎたということはないでしょう。

 ハワイのある方が、こんなことを話しておられました。

 「ハワイの浄土真宗に御縁のある家庭に育った子供たちに、自分の親が残してくれた最大の財産は何かと尋ねると、必ず、それはお念仏ですと答えます。日本ではそのような答えを聞くことができませんね。」

 お取り越しの報恩講を御縁として、よく考えてみなければならないお言葉じゃないでしょうか。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

 10月になりますと多くのお寺で永代経の法要が勤められます。

 永代経という言葉はよく耳にしますが、どうやら世間で言われる永代経は、浄土真宗の永代経とは意味が違うようです。世間で言われる永代経には永代供養という意味があるようです。つまり、先祖代々を永代に渡って供養していこう、また、供養してもらおうということから、そのためにお寺でお経をあげてもらうのが永代経だと言われています。

 供養というのは、供え養うということです。ということは、何かを供えて、誰かを養うということになります。何かというのは、お経になるのでしょう。そして、誰かというと、先祖ということになるのでしょう。そして、誰がそれをするのかというと、生きている子孫ということになります。
「そのとおりだ。これで道理が合うじゃないか。」
とおっしゃる方がおられたら、ちょっと待ってください。果たして、それでいいのでしょうか。

 お経というのは、お釈迦さまがお説き下さったものです。説かれたということは当然聞き手があったということです。だれも聞いていないのに話しているのは説くとは言いません。

 それでは、聞き手はだれかというと、お釈迦さまのお弟子方です。つまり、生きている人に向かって説かれているのです。そうすると、その聞き手に、今生きている私も入ります。逆にいうと、お釈迦さまは、死んだ人には一度もみ教えを説かれていないのです。生きている私に向かって説いて下さったのです。どう説いて下さったのかといいますと、
「どんなことがあっても、あなたを見捨てることなく、必ず救う、阿弥陀如来という仏さまがおられるのですよ。そして、あなたに向かって、南無阿弥陀仏と喚びどおしに喚んで下さっているのですよ。」

 そうなると、お経をお供えして、先祖を養うと思っていたのが、実は、私がそのお経により、養われ、育てられているのです。そして、その御縁を作って下さったのが、御先祖であり、今私がこの御縁に出遇えたのと同様に、子孫も出遇えるように、お念仏のおみのりが永代に渡って、伝わるようにと勤められるのが、浄土真宗の浄土真宗の永代経の法要です。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

 9月になりますとあちらこちらのたんぼが黄金色になり、稲刈りが始まります。お米は仏さまのお荘厳になくてはならないものです。

 昔は、毎日、小さな”ゆきひら”で、お仏飯を炊いていました。そうして、1日の生活が始まったのです。しかし、そういう生活が困難になった今、ご飯を炊いた時、真っ先に仏飯器で、お供えするというのが一般的になったようです。

 しかし、お仏飯は決して食べるものとして、仏さまや亡くなった人の為にお供えするものではありません。お浄土では、いつもすばらしいご馳走が用意されていて、その美しさを見て、香りをかいただけで満足すると、お経に説かれています。だから、こちらからさしむけるものは何もありません。お仏飯は、お浄土をしのんで、美しくお飾りするという意味合いのものです。そして、それは仏さまへのお荘厳として日常のお給仕に欠かせないものです。

 では、そのおさがりは、どういただけばよいでしょうか。私たちは仏教徒として、生臭いものを食べないという「精進」の伝統を伝えられてきました。そうした伝統も、今では私たちの食生活からは消えようとしています。

 しかし、現実生活の中で、なにひとつ清浄なことのできない私たちこそが、仏さまのお救いのおめあてだったことに、お仏飯をいただく際に生臭いものを食べないことで、気付かせていただこうという先人のすすめは今でも伝えられています。

 だから、お仏飯をお供えしたら、すぐにお勤めして、その後、長く置かずに下げます。1日中お供えして、からからになったお仏飯を残飯扱いにすることは、仏さまを粗末にしたことになるでしょうし、日常のお給仕の意義も薄れるでしょう。おさがりは、ありがたくいただきたいものです。そして、それがまた食物に恵まれていることへの感謝につながると思います。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

 お釈迦さまが舎衛国の祇樹給孤独園で安居をされていたとき、目連尊者が顔色を変えて、あわてて相談に来ました。

  目連尊者は、お釈迦さまのお弟子の中でも十指に入る人で神通力第一と言われている方でした。その目連尊者が、育てていただいたご恩に報いたいと、神通力で今は亡き母親を捜しました。

  目連尊者にとっては、すばらしい母でしたので、きっといいところにいるのだろうと考えて、天上界から捜しました。しかし、そこには母の姿は見当たりませんでした。そして、次々と捜されて、やっと餓鬼道に堕ちて苦しんでいる母を見つけたのです。

  そこで目連尊者は、おかあさんに御飯をささげますと、おかあさんはその御飯を口に運ぶのですが、口に入れる前に火に変わってしまい食べることが出来ません。それを見て目連尊者は、大きな声をあげて泣きますが、どうすることもできません。

  走って帰り、お釈迦さまの前に来て、事の一部始終を話し、どうしたら母を餓鬼道から救うことが出来ますかと、教えを乞うたのでした。

  お釈迦さまは、「目連よ、あなたの母は罪が非常に重いので、目連一人の力ではどうすることも出来ない。そなたの孝順の心は、諸天善神もよく知っておりますが、どうすることもできないのだよ。ただ十方の多くの僧侶のお力をかりるほかに、母を救う方法はないのです。それで、安居の終わった日に、十方の僧侶においしい食事と休む道具の供養をしなさい。そうすれば、現在の父母、七世の父母・六親眷族らが苦しみから逃れ、解脱することができるでしょう」とおさとしになりました。

  これは、盂蘭盆会の起源となった『盂蘭盆経』の前半の部分です。ある先生がこのお経について、次のように話しておられます。

「母親がひとりの子供を育てるのには、どうしても餓鬼道に堕ちなければ、育てられないのでしょう。そこに母の愛のありがたさがあり、同時に、堕ちた母を、子供の真心では救うことのできない悲しさを知ることですね」

  こうしてみますと、お盆とはご先祖のためにお勤めしているのではないようです。亡き人がいのちに換えても、私に伝えようとなさったことを聞かせていただくことこそ、お盆を勤める意義なのでしょう。もう一度、お盆について考えてみなければならないのではないでしょうか。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

 私事で恐縮なのですが、7月には私の誕生日があります。それにちなんで、初参式の話をしようと思います。と言いましても、初参式って何ですかと言う人が多いのではないでしょうか。

 初参式というのは、生まれた赤ちゃんが初めてお寺参りをすることです。なんだ、それならお宮参りと一緒じゃないかと言われるかもしれませんが、初参式というのは、単に赤ちゃんの誕生を祝ったり、健康に育つように願ったりするお勤めではありません。

 最近、子供を授かると言う言葉が聞かれなくなりました。それでは、どういうのかといいますと、子供を作るといったり、出来たといいますね。まるで模型でも作るかのような感覚です。そういう感覚ですから、子供を親の持ち物のように思い、親の都合で育てようとします。

 だから、邪魔になるんだったら始末しようかというような恐ろしい考え方がでてくるのです。そこには、いくら小さな赤ちゃんであっても、私と同じ一つの尊いいのちなんだということを見失っています。

 言葉は、その心を表すといいますが、そのとおりで、授かるから作るに変わっていたったことが、そのまま、他のいのちを尊重する心が無くなっていったことを物語っているのではないでしょうか。

 浄土真宗の御法義が浸透していた滋賀県の北の方では、おなかの大きなお嫁さんへの挨拶に「いつ、もらわんすの」というのがあったそうです。この挨拶には、おなかに宿った赤ちゃんを阿弥陀如来さまから賜わった尊いいのちといただかれ、如来さまの子供として育てていこうという気持ちが込められているようです。

 初参式というのは、親が、如来さまの前で、阿弥陀如来さまから預かった尊いいのちである赤ちゃんを、如来さまに手を合わせ、み教えを聞く子に育てていきますと誓うお勤めなのです。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より

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