熊はんと御隠居が読む阿弥陀経:その15
【御隠居】「熊はん、極楽には池もありまんねんで。」
【熊】 「ほー、さよか、それでどんな池でんねん。」
【御隠居】「七宝の池となってるな。」
【熊】 「七宝て、七宝焼きで出来てまんのか。」
【御隠居】「いや、そうやないんや。七宝というのは、七つの宝のことで、七宝焼きというのは、その七つの宝に似せたほうろうの焼きもんのことやと思うで。」
【熊】 「そしたら、その七つの宝とは、何と何ですねん。」
【御隠居】「せやな、金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・玻瓈(はり)・硨磲(しゃこ)・赤珠(しゃくしゅ)・碼碯(めのう)がそやな。」
【熊】 「金・銀・瑠璃はわかりまっけど、あとのんは知りまへんで。」
【御隠居】「昔の言い方してるもんもあるからな。瑠璃というのは青色の宝石、玻瓈というのは水晶、硨磲は、車入れるとこちゃうで。」
【熊】 「そんなことぐらいわかってまっせ。御隠居はんもおもろいこといいまんな。で、硨磲てなんでんねん。」
【御隠居】「硨磲は白珊瑚のこと、赤珠は真珠。」
【熊】 「へえー、宝石好きな人やったら、たまりまへんな。」
【御隠居】「それだけやないで、その池の底は、黄金の砂が敷き詰められてて、その池の四方には金・銀・瑠璃・玻瓈で出来た階段みたいなもんがあって、その上には七宝で飾られた建物があるんや。」
【熊】 「まあー、宝石のオンパレードやな、そんなにたくさんあったら、値打ち無くなりまんな。」
【御隠居】「それや、熊はん。極楽いうたら、前にもいうたように、物で満足するんやのうて、仏法を楽しむようになるんやったな。普通やったら、宝石欲しいと思うようなもんでも、あきるほどあった、欲しいとは思わんようになるやろ。」
【熊】 「そうでんな。金でもちょっとしかないから、欲しいと思うけど、砂のように敷き詰めたら、そんなん持っててもしゃあないでんな。」
【御隠居】「そうなるやろ、極楽というのは、私らが煩悩から起こす願いを、我慢して捨てなさいというようなことやないねん。そんな願いを起こすことが馬鹿らしなってくるということや。そうすると、おのずと煩悩もなくなるわな。」
【熊】 「なるほど、そうなると、極楽て、阿弥陀経には宝石で散りばめられてるように説かれてるけど、結局、私らを煩悩から解放させてくれるはたらきなんでんなあ。」
『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より