いのち
医学の進歩によって、日本人の平均寿命はどんどん延びて、世界最長寿国と言えるほどになってきました。長生きをしたいとは誰でも思うことでしょうが、それで日本のお年寄りは幸せになったのでしょうか?
年を取ってきますと、みんなぴんころの人生を望むと言われます。ぴんぴん元気に長生きをさせてもらって、死ぬ時はころっと楽に死にたいという意味ですが、そんなにうまくいくものでしょうか? 元気に長生きしても本当に幸せでしょうか? ころっと楽に死ねるとしても、死んでいくことについて、不安を感じることはないのでしょうか?
加賀の念仏者で藤原鉄乗という方がおられます。その方の厳しいお言葉があります。「いつまでも生きていたい、いつまでも生きていたいと、百歳まで生きても、その人は若死である。いつ死んでもいいと、今日一日を喜んで生きられる人は、いつ死んでも、寿命を全うした人である」と。
大谷大学の先生である小川一乗さんはおっしゃられます。「いつ死んでもよいと、安心して死を引き受けていける命の真実が明らかになったとき、ただ今の命が輝いてくるのです。この瞬間に喜びが生まれるのです。しかし、現在の日本人は経済大国になって、衣食住が豊かになったかわりに、安心して死んでいける命の真実が見えなくなってしまいました。長寿だけが幸せだと、平均寿命の延びに拍手しているのです」と。
どんなに物質的に豊かな生活をしていても、生きていることに感動せず、不平不満だらけの生活を続け、死への不安に怯え、死から逃げることだけを考える生活が、本当に幸せだと言えるのでしょうか? 自分の死から目を背けず、いのちの真実を見つめ続ける時、本当の幸せな人生というものが得られるのだと思います。
『北御堂テレホン法話 2008年2月より』