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法語を味わう(27)

如来大悲(にょらいだいひ)の
恩徳(おんどく)は
身(み)を粉(こ)にしても
報(ほう)ずべし

「如来大悲(にょらいだいひ)の恩徳(おんどく)は 身(み)を粉(こ)にしても報(ほう)ずべし」
 これは親鸞聖人(しんらんしょうにん)が八十五歳(はちじゅうごさい)の時(とき)におっしゃったお言葉(ことば)です。
親鸞聖人(しんらんしょうにん)は世(よ)の中(なか)が大変(たいへん)な混乱(こんらん)が続(つづ)く時代(じだい)にお生(う)まれになり、それはそれは言葉(ことば)に表(あらわ)せないほどのご苦労(くろう)を重(かさ)ねられたご生涯(しょうがい)でありました。
 その中(なか)で、釈尊(しゃくそん)(お釈迦(しゃか)さま)から印度(インド)・中国(ちゅうごく)の高僧(こうそう)がた、そして日本(にほん)の法然聖人(ほうねんしょうにん)を通(とお)してご縁(えん)をいただいた阿弥陀(あみだ)さまのお慈悲(じひ)は私(わたし)に向(む)かって限(かぎ)りなく慈(いつく)しみ、私(わたし)の心(こころ)の奥底(おくそこ)まで見抜(みぬ)かれ、共(とも)に泣(な)いて、どんなことがあろうとも、寄(よ)り添(そ)ってくださっているお慈悲(じひ)でありましたと慶(よろこ)ばれたのでありました。

(本願寺派布教使 大竹 輝道(おおたけ きどう)

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